「・・・・」

休日。
御堂の部屋のリビング。
正面のソファで本を読む御堂をチラリと見てから、本多は傍らに置いた鞄の中にある柘榴をじっと見た。

ここへ来る途中道案内を頼んできた男から礼にと貰ったそれ。
男の外見も礼が柘榴という意味の分からなさも怪しすぎて押し付けられたときは直ぐに捨てるつもりだったのを捨てられずにいたのは、男が最後に言った一言のせいだった。




「お礼にこれを」
金の長い髪を編んで垂らした黒尽くめの妙な男は謳うような声で言いながら本多に球状の何かを渡した。
思わず受け取ってしまってからマジマジとそれをみる。
「・・・・柘榴?」
「ええ。貴方は普通の方ですからあの方が召し上がられたときのような効果はありませんが・・・きっとお役に立つはずですよ。」
楽しそうに言う男は、やっぱり変だ。
正直彼の姿を見た瞬間から係わりたくないと思っていたのだが、どうやら道に迷っていたらしく、道案内を頼まれた。
見るからに格好がおかしい男と一緒に歩くのも居心地が悪くてさっさとタクシーにでも乗せようと思っていたのに
何故か今日に限って大通りに出てもタクシーが一台も通らず、結局、目的地まで案内する羽目になった。

で、お礼が、なんで柘榴?

あまりにも常識的な感覚と掛け離れた展開についていけず本多は絶句したが、我に返って柘榴を男に差し出した。
「いや、礼なんていらねぇよ。そんな大層なことしてねぇし。」
正直言えばこんな得体の知れない男から柘榴なんて受け取っても処理に困るといった所だ。
男がクスリと笑った気がした。
「ご遠慮なさらず。ほんの気持ちです。それに言いましたでしょう?それはきっと、貴方のお役に立ちますよ?」
「役に立つって・・・」
柘榴がか?
本多の頭の中が?で埋め尽くされる。
とことん意味の分からない男だ。
意味不明、と顔に書いたような本多に男が囁いた。

「大切な方のことで、お悩みがお有りでしょう?」





『貴方の大切な方に召し上がっていただけば、きっとご希望どおりに事が運びますよ。』

詠ずるような声が鮮明に蘇る。
本多はまた視線を御堂に移した。
紆余曲折あって付き合い始め、もうすぐ半年。
恋した瞬間失恋が確定したに等しいような関係から恋愛が奇跡のように成就して、敬愛してやまない彼のいろいろな面を見ることもできて、本多は確かに幸せなのだ。
唯一つ不満があるとすればそれは・・・・セックスのことで。

御堂が抱かれる側に回ることを承諾してくれたのは、彼のプライドの高さなどを考えれば本当にすごいことだと本多もわかっている。
御堂の身体は驚くほど敏感で、そのせいで抱かれるたびに喘ぎ悶えてしまうのを御堂が嫌がっていることも。

理解はしているのだが・・・肌を合わせる回数の少なさと素直に感じてくれない御堂の強情さに物足りなさを覚えている。


(ご希望通りに、か・・・まさかな。)


一瞬抱いた淡い期待を本多は苦笑して振り払った。
どこからどうみてもこれは普通の柘榴だ。
くれた男はどこからどうみても怪しかったが、本多の悩みなど把握しているはずもない。
多分アイツは頭が変で、頭の中で組み立てちゃった妄想をしゃべっただけに違いない。
本当にあの男の言うとおりになるのではないかと期待してしまったことが馬鹿らしく思え、自分に向かって溜息を一つ零すと柘榴から視線を外した。

今日は直前になって2人の予定が空いたから、一緒に過ごそうと誘ったものの予定を立てる時間もなくて。
ここ数週間2人が携わっている仕事が大詰めで互いに疲れ気味なこともあって、御堂の部屋を訪ねたもののそのまま部屋でゆっくりすることに自然となっていた。
他愛の無いことを話しながら寛いで、御堂が作った昼食をゆっくりとって。

それで少し前から御堂は本を読んでいる。

ソファに座って読書しているだけなのだが、無造作なその光景もすごく綺麗だと本多は思った。



凛と気高くストイックで。

上司として人生の先輩として、本多は誰よりも御堂を尊敬している。



そしてその御堂がそっと隠した繊細な部分を、恋人として愛している。



ゆったりと流れて行く時間が心地いい。
そこに居るのが当然のように自分の部屋に御堂が存在している幸せを噛み締めながらその姿を眺めていると、携帯の着信音がその思考を遮った。


本多が御堂から、御堂が本から視線を外し、テーブルにおいてある携帯電話を見遣る。
ランプを点滅させながら短調な電子音を響かせているのは本多のそれだった。

「あ・・・」

通常着信を知らせるそれを反射的に手に取る。
仕事で自然と身に付いた動作だったが、ディスプレイに表示されたのは大学時代の友人の名前だった。
出てもいいが、多分出なくてもいい程度の話だろう。
ちらりと御堂を見ると、既に本へ視線を戻していた御堂が本多の視線に応えた。

出てもいい、と何も口には出さないがそう言っているのがわかる。


そんな小さな事実が嬉しい。


なんともいえない面映さに口許を緩めながら「じゃあちょっとすみません」と断って受話ボタンを押しながらリビングを出た。
「おぅ、俺だけど、何か用か?」









御堂は一旦本から視線を外して壁に掛けられた時計を見た。
本多はまだ電話中だ。
内容までは聞こえないが、廊下から漏れてくる声の調子からすると恐らく個人的な友人からの電話なのだろう。

コーヒーでも淹れてやろうと本をローテーブルに置いた。


殊更丁寧に置いたわけではないが乱暴に置いたわけでもないから振動が対置してあるソファに伝わるはずは無い。
だが、丁度そのタイミングで、そこに置いてあった本多の鞄が倒れた。


少し驚いてそちらへ気を取られた御堂の視線の先で鞄から何か丸いものが転がり出る。



反応する間もなくそれは床へ落ちて、毛足の長いラグの上を不思議なほどスムーズに転がって御堂の足に当たって止まった。





「柘榴・・・?」






余りに予想外なそれに、拾うことも忘れたまま眉を顰める。
柘榴など、普通に生活していればそう目にする機会もないものだ。

それにキッチンにおいてあればまだしも、鞄の中から出てくるとはどういうことだ。


それも、本多の鞄の中から。


「・・・・」


本多と柘榴・・・・どうも結びつかない。
どちらかというとみかんとか、ああ、バナナなら持っていても違和感が少ないかもしれない、などと考えながらそれを拾い上げる。


熟してぱっくりと口を開けた中に鮮やかな赤い実が艶を放って。





吸い寄せられるような感覚を自覚するより早く、白い歯は深紅の果実に埋められていった。











「まあそれはそうだけど・・・いや、だからそんなに自分を追い詰めんなって!さっきもいっただろ・・・・」
どうやら仕事で大変なミスをやらかしたらしい友人の話は延々と続く。
それも粗方言う事が出尽くすとまた同じ台詞を繰り返すという堂々巡りまで始まっていて。
いつもの本多なら相手が立ち直るまでいくらでも付き合ってやるのだが、
いまは何よりも優先したい人が近くに居るから、普段のようにはできなかった。
御堂のことだ、電話が長くて不機嫌になっても表立って態度に出すようなことはしないだろうが、
折角2人で過ごす休日なのだから少しでも長く彼の傍にいたい。

「あぁ、ごめん、あのさ、今俺人んちに居っからまた今度・・・・」

カチャと音を立てて開いたリビングのドアに視線をやる。


一緒に飲もうぜ、そんときに幾らでも聞いてやるから、と続くはずだった言葉は音になる前に霧散した。


ゆっくりと開いたドアの先、壁に凭れるようにして立った御堂が本多を見ている。
本多は電話に応答するのも忘れて視線を釘付けた。



どこか気だるげな表情をした御堂が身に着けているのは、シャツ一枚だったのだ。



滑らかな光沢を持ったグレーのシャツのボタンは全て外され、白磁の肌が露わになっている。

そして裾から伸びる端整な線をもつ白い脚と、鎮まったままの男性器。




驚愕して本多は声も出せず、馬鹿みたいに口をぽかんと開けて御堂を凝視した。




携帯から訝しげに本多を呼ぶ声がするが、既に耳から外してしまったそれへ意識を向けることなど思いつかない本多にその声は聞こえていなかった。

熱を帯びた紫苑の瞳が彼を見つめる。
情事のときしか見れないその目は、つまり御堂が欲情していることの証しで。

はぁ・・・と御堂が悩ましげな吐息を漏らす。




「本多・・・早く、来い・・・・・」








「!?」









本多はこれ以上ないほど目を見開いた。





(何事ぉ!?)








遅まきながら。
本多は事態の異常さに心中で絶叫した。










あの御堂が。

本多が伺いを立てても三度に一度しか許可しないあの御堂が。


どれだけ本多が欲していても二回までしか付き合ってくれないあの御堂が。




(さ、さ、さ、誘ってきたぁ!?)




しかもほぼ全裸で。


本多の頭の中を考えられうる(と少なくとも本人は思っている)可能性が暴風に乗って駆け巡る。




(びょ、病気か?なんか変なもの食ったのか?実は発情期?いや、リビングでコケて頭でも打ったとか?
 いっその事そっくりさん?あ、ドッペルゲンガーか?もしかして淫魔かなんか降臨したとかか!?)




いやまて早まるな、と本多はどんどん現実性から遠のいて行く自分の思考に言い聞かせる。


(そ、そうだ、ほら、まだ、セックスの誘いだと決まったわけじゃ、ないぞ!!!)


シャツ一枚のほかは全裸で「早く来い」と言われて行った先が和やかなティータイムだったらそれこそ有り得ない。
しかし誘ってくるだけでも驚嘆に値するところ、文字通り想像を絶する行動を取られて頭が回らなくなった本多の反応も無理はないかもしれない。

「作品名『驚愕』」とプレートでも傍らに貼り付けてありそうな状態の本多に焦れたのか、御堂がゆっくりと歩み寄って行く。



一歩、また一歩、その動作の一つ一つさえ色香を放ちながら歩んでくる御堂の瞳は絡め取るように本多へ合わせられたまま。



微動だにできずに固まっている本多だったが、その余りの妖艶さにゴクリと喉を鳴らした。
そうして近寄った御堂は、耳の横で浮いたままの手に握られている携帯をそっと取り上げながら、ぐっと顔を寄せた。


あと数ミリ、どちらかが動けば唇が触れ合う位置。




そこで動きを止めて、じっと本多を見つめてくる。






間近にあるアメジストのような瞳は宝石には有り得ない熱と欲を帯びて、その効果を分かっているかのような絶妙な位置から本多を見上げてそこにあった。






そんな目で見つめられたら、もう、どれほど異常な状況であろうが頓着している余裕などあるはずもない。
「っ・・・」
衝動のまま唇を塞ぐと、心得たように歯列が本多の舌を誘い込んだ。
応じて深く攻め入ればその舌に御堂のそれが絡められる。

普段は絶対にしないその反応で、一気に本多の欲望が燃え上がった。

「んぅ・・・ふ、ぁ・・ん、ん・・・・」
細い腰を抱き寄せ柔らかな髪に指を差し入れながら頭を抑えて激しく貪るように口付ける。
御堂は甘やかな吐息を零し、しなやかに腕を本多の首裏で絡ませるようにして身体を摺り寄せてくる。
ジーンズを穿いた本多の下肢に、白い肌を晒した御堂の脚が妖しく絡んだ。
「は・・ぁ・・・・」
くちゅ、と淫らな音を立てて唇が離れる。

熱い息を弾ませながら本多にしなだれかかった御堂は凄艶だった。



情欲に潤んだ瞳

淡く染まった滑らかな頬

ぽてりと濡れた蠱惑的な唇

肌を晒した妖艶な姿



「御堂、さん・・・」


本多の声が襲い来る欲に掠れる。
紫苑の瞳が甘く絡みつく。





「本多・・・はやく、ほしい・・・・」
「っ・・・」





カッと何かが身体の中を走り抜けるのを感じるのと同時、本多は御堂を勢いよく抱き上げる。



リビングのドアの直ぐ傍らに落ちていた柘榴に、本多が気付くことは無かった。








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「本多マニア」の田中さまのお誕生日にと承ったリクエスト、ほぼ二ヶ月遅れで(しかもまだ前編だけ)捧げさせていただきますorz
「いつも薄幸な本多にちょっといい目を見させてあげてください」とのことでしたので、思い切って誘い受け(笑)
しかもうちの御堂さんが素直にそんなことしてくれるわけ無いのでRにもご出演願いました(爆)
誘い受け小説なのに微塵もエロくなくて本当に申し訳ない・・・後編がんばります・・・!