12月半ばの街は色とりどりの電飾や華やかな飾りつけに彩られている。
耳に入るのは楽しげなクリスマスソング。
道行く人の足取りも軽く、その表情も一様にやわらかく見える。

ということは自分の表情もそうなのだろうか。

(たぶんそうなんだろうな)

広場の中央にそびえる大きなクリスマスツリーを眺めながら御堂は緩んだ口許をマフラーで隠した。
こんなくすぐったい気持ちで人を待ったのは何時振りだろう?

仕事で少し遅くなると電話してきた相手を思う。

仕事が忙しいのは充分わかる。
彼は去年までの自分と同じポストにいるのだから。


一年。


偶然に再会した彼は、自分の知る彼と余り変わっていなかった。

でも色素の薄いあの瞳が、以前とハッキリ違っていた。


空の色をしたあの瞳は一年前には見たことのないほど優しい光を宿せるようになっていた。


飢えた野獣のような凶暴な光はもうなくて。
瞳も声も何もかも、信じられないほど優しかった。


一年ぶりにあって、一年ぶりに肌を重ねて。


次の日は彼の感触を思い出しながらも夢だったのじゃないかと思いすらしたけど。
恐らくは会社を辞めるための引継ぎなどで目も回るほど忙しいだろう間を縫ってメールをくれたり電話をくれたり。
あの男にもそんな普通のことが出来たのかと思ったのは本人には言えないが、それほど意外だったのだから仕方ない。
それにそう思う原因を作ったのは彼なのだから、自業自得とも言えるかもしれない。

再会から二週間目の今日、やっと2人の都合が合った。

それまでも夜、バーに行って話したりはしていたがゆっくり過ごせるほど時間は取れなかった。
MGN時代とは比べ物にならないと言っても、一ヵ月後の退職を控えて御堂も多忙な日々を送っている。


(まったくアイツは・・・強引な所はちっとも変わってない)


御堂の眉が少し寄る。
だがマフラーの影に埋めた口許はやはり緩んだまま。


(なにが、「お前今の会社、あと一ヶ月で辞めろ」だ、まったく。)


少しは人の都合も考えろと言う権利は十分にあったし、急すぎるその誘いに考える時間を要求する事だって出来ただろう。

でも佐伯が言ったとおり、御堂は断るという選択肢を最初から手札に加えようとしなかった。



佐伯となら、そう思った。



一年、求め続けた。


最初は記憶から消し去ろうとして。

途中で自分の思いに気付いて。


今はもう、二度と離れたくない。



ずっと隣にいたい。




(こんなにも、お前が好きだ・・・)




御堂はそっと瞳を閉じて、瞼の裏に想い人を描き出す。

自分のことを愛しそうに見つめてくる彼の顔を。





ふと顔を上げた。
何を聞いたわけでも名を呼ばれたわけでもない。

ただ自然と視線を向けた先に、思ったとおりの人物がいた。

迷いもなくこちらに歩いてくる。
自分のペースを乱すことなく雑踏の中器用に人を避けながら。
近づくにつれ彼の様子がハッキリ見えて、一瞬目を瞠った。
片手に鞄と紙袋をもって、脇に大きな花束を抱えている。
見れば紙袋の中にも可愛らしい色の花束が見える。
今日がMGNに出勤する最後の日だったのだろう。
御堂はマフラーの中でもう一度微笑んで、寄りかかっていた壁から背を離した。
「悪い、遅くなった」
平静を装っているが若干息が上がっている。

駅から走ってきたのだろうか。

「そんなに待ったわけでもない。それより、いいのか?」
からかうように言う御堂に佐伯が怪訝そうな顔をする。
「なにがだ?」
御堂が花束と紙袋に視線をやった。
佐伯の目もそれを追って、同じところに落ち着く。
「今日最終日だったんだろう?送別会、断ったんじゃないのか?」

御堂の声は柔らかかったが佐伯はそれにムッとした顔をした。

まさかそんな顔をされると思っていなかった御堂が目を瞬かせる。
怒らせたのかと思ったが、返ってきた声は兎も角内容は全く正反対だった。

「当たり前だろ。アンタに会えるんだ。職場の送別会なんて天秤に載せる価値すらない。」


ちょっと頬が赤くなっているように見えるのは都合が良すぎるか?


いや、でも確かに赤い。

いつもは年の差を忘れるほど落ち着き払っている佐伯の、幼いとも言える表情に御堂の頬は自然と揺るむ。


佐伯が見咎めてまた眉間の皺を深くした。
「・・・なに笑ってんだアンタ」
そんな表情も新鮮なものだから、隠そうと思うのに笑みの形に上がった口角が戻らない。
「いや、気にするな」
気にするなといいつつ震える声は誤魔化し忘れ。

楽しそうに笑う御堂の顔は佐伯にしてみても新鮮で嬉しくはあるのだが、こうも一方的に笑われ続けては手放しで喜べるはずもない。

いっそこの場でキスして笑うのをやめさせようか。
そう思ったのと同時に御堂が何とか笑いを収めた。
まさか佐伯の不穏な思考を感じ取ったわけではあるまいが、とにかく御堂は公衆の面前で(再び)キスされる危険から逃れた。

「そんな顔をするな。お前が優しいことを言うから、嬉しかっただけだ。」

甘い台詞を本音にしてはさらりと言ったから多分もっと違うことで笑っていたのだろうと佐伯は思ったが、言わずにおいた。



ここ二週間で痛感したが、自分は御堂の笑顔に恐ろしく弱い。



再会してから初めて屈託のない笑顔を目の前で晒された時は、息が止まるかと思った。

今まで一度だって見たことがなかったから。


そして、封じていたのは他ならぬ自分だったから。



御堂の笑顔には、敵わない。



それでもそうと気づかれたくなくて、佐伯は興味なさそうに「ふぅん」といって誤魔化した。
御堂が面白そうな目で見上げてきて、もしかしてコイツは気付いているんじゃないかとも思うけど。

お互い、相手が極度の意地っ張りなのは承知の上だから今更だろう。



ちらりと時間を見た。
遅刻で食ったのは30分ほどだ。
「行くぞ」
意識してるような分かりやすさでぶっきら棒に言うものだから、踵を返した佐伯の背後で御堂はまたこっそり笑った。
気付かれると怒られるから、笑いを収めてから横に並ぶ。
「今日はどこに行くんだ?」
そういえば行き先を聞いてない。
レストランでも予約してあるのだろうか?
佐伯はチラリと御堂を見た。

「俺の家」
「君の家?」

そういえば一度も行ったことがない。

一年前と住んでいるところは変わっているだろうが、
一方的な関係で家の行き来などあるはずもない状況だったから佐伯が住んでいる場所を御堂は見たことがなかった。

「ああ。新会社のオフィスにもなるようなところを買ったんだ。
 当分は社員なんか雇う余裕もないし、御堂にも来てもらうことになるから見せておきたくてな。」
それに、と言って佐伯は一度足を止め御堂に向き直る。


唇が耳元に寄せられたと知覚する間もなく、


「それに家の方が、あんたをゆっくり可愛がれる」


と言って離れた。


一瞬間を置いてから御堂の頬が音を出しそうな勢いで赤く染まる。



「な、お前は何でそういう事を恥ずかしげもなくッッ!」



佐伯はそんな御堂を見ながら歩いていこうとするから、結局、足を止めて怒鳴った御堂のほうが他人の目を集めることになって。
それに気付いた御堂が更に頬を紅くして、それからググッと眉間に皺を寄せる。

若紫の瞳にはうっすら涙も滲んでいる。


どうやら相当ご機嫌を損ねたらしい。


その証拠に、足を止めた佐伯を靴音を響かせて御堂が追い抜いて歩いていく。

そんな様子も可愛いといったら多分もっと機嫌を損ねるんだろうなと頬を緩めながら、佐伯は小走りになって御堂を追いかけた。


「そんなに怒らないで下さい、御堂さん。謝りますから」
ズンズンと進んでいく御堂に並んで、半ばマフラーに埋まった赤い顔を覗きこみながら宥めるように話しかける。
ちら、と御堂が佐伯を見て、マフラーの中でモゴモゴと何事か呟いた。

「お前は都合のいい時ばかり下手に出る」
と聞き取れた。

「あなたの機嫌を直すために必死だからですよ、御堂さん」
にっこりと笑うと、それを見た御堂の目元にさっきとは違う朱が上る。
どうやら笑顔に弱いのはお互い様らしい。

そんな笑顔は卑怯だと御堂は思ったが、言って聞き取られたら図に乗りそうなので黙っておく。

それに自分が佐伯の笑顔に弱いと悟られるのも癪だ。
たった今それを看破されたとは思いもよらず、御堂はしかめ面を保って佐伯の笑みを受け流した。


でもこれ以上我を張るのも大人気ないし、と態度を軟化させることにする。


「で、どこへ行くんだ」
それでもまだ拗ねたような雰囲気が拭えていなくて佐伯の目元を和ませるのだが。
御堂が視線を寄越すのに笑顔で応える。
口を開こうとしたら御堂がそれを遮った。
「その笑い方と敬語をやめろ。胡散臭い。」
「胡散臭いなんて酷いなぁ」
別にどうとも思っていないのに酷いなどと抜かすのがコイツの嫌なところだ。
からかわれていることを自覚した御堂の声のトーンがまた微妙に下がる。
「それで?行き先は?」
「買い物だ」
思いがけない答えに薄紫の瞳が軽く瞠られた。

「買い物?」

言われて見れば、この道の先には、輸入食品や高級食材を扱う店がある。
それに家に行くのなら買い物をしていくのも道理だ。

「退職と起業のお祝い、してくれるだろ?」
「あ、ああ」


思わず頷いて。
いや待てよ、と眉を寄せた。


「おい、私が作るのか?」

佐伯があっさりと頷く。

「なんで客人の私がお前を持て成さなきゃならないんだ」
「普通誕生日の人間はバースデーケーキを焼かないだろ?それと一緒だ。」


そういわれればそんな気もしなくはないが。
妙な論理で押し切られて、反論を探すよりはやく食材店についてしまった。








「雪、降ってたのか」

その場で料理を考えなければならなかった事も有って長めの買い物を終えて外へ出ると、夜の街は薄っすらと雪化粧をしていた。
軽い雪がはらはらと空から舞い降り続けている。
空気は店に入る前よりもかなり冷たくなっていた。
2人で少し身を竦めてから歩き出す。

袋を持つ手の冷たさがキツくなってきたとき。


反対側の手を、そっと握られた。


「!」


思わず佐伯を見ると蒼い瞳はわざとらしく行く手を見つめていた。


その表情を見てから掴まれた手に視線を落とす。
それから恐る恐る握り返した。


今度は佐伯が御堂を見て、御堂がぎこちなく視線をそらす。




そのまま、雪の中足早に家路を急ぐ人々の間を2人で歩いていく。
人を避けるために時々手を引かれるようになりながらも、離さずに。

手の中にある感触を確かめるように少し力をこめる。




彼の手の柔らかさとか

伝わる温かさとか


手の大きささえ


知らなかった。



一年前、一方の手は傷つけるためだけに、もう一方の手は拒むためだけに、存在していた。

一方的に押さえつける手と、強引に押さえつけられる手。

ただ、それだけで。


そんな使い方しかしていなかった。




こんなにも温かく包み込むことが出来るなんて、知らなかった。




「御堂、寒くないか?」

じんわりと胸に広がる温かさを覚えながら聞いたら、柔らかな声がでた。


「いや・・・あったかいくらいだ」


返ってきた声も温かかった。






同じ事を感じてくれているんだなと2人同時に思って。


お互いに、手をギュ、と握った。






これからはこの手で



包み込んだり


暖めたり


支えたり


導いたり



いろんなことを、していこう。







愚かな自分たちに科された長くて苦しい遠回りの末、やっと握ったこの手を。


もう二度と離しはしないから。


















〜再会のところに置いたもう一つのお題は一体何、と思えるほどの雰囲気の急転・・・・書いてる本人がついてけてません(待て)
もう好きにしろお前ら・・・・とグッタリしながら馬鹿ップルの描写をしておりました・・・・。
まだ鬼畜な眼鏡克哉を碌に書いてないのに急に幸せモードな2人・・・。別人orz