「へえ?あんたが親父の秘書の御堂さん?」

それが、クソ生意気な跡取り息子の第一声だった。
自分より7歳年下の若造の見下すような、値踏みするような視線に、全神経が逆立った。







「はあ…。」
御堂は秘書室に戻るなり溜息をついた。
先が思いやられる。

御堂が勤める会社はフィットネスクラブを展開している。
急速に業績を伸ばしており、ここ数年で関東圏での出店数は右肩上がり。
今後は全国展開に向けて他都市圏への進出を積極的に検討している。
社長である本多大吾郎が一代で伸ばした会社だ。
御堂は元々他の企業にいたのだが、ある取引で顔を合わせた際その才能を買われヘッドハンティングという形で社長秘書となった。
以来、社長を初めとする社員たちの信頼も篤く、会社随一の切れ者と光栄な二つ名を負ってきた。

その順風満帆な人生に不穏な光が差し始めたのが先月だった。


本多大吾郎が倒れたのだ。


心臓の持病がぶり返したらしい。
幸い命に別状は無かったが、医者からは絶対安静を言い渡された。
今社長が会社に出られないなど、相当な危機だ。
顔を青くする御堂に大吾郎はしかし余裕の態度を崩さず、息子の本多憲二を社長にすると宣言してのけた。
『む、息子さんをですか?』
『ああ、外に出れねえ俺が社長の座に居座ってたら会社が動かないからな。あれなら大丈夫だろう。』
『しかし、ご子息は確か今アメリカに留学中でいらっしゃいますよね?
 実務経験どころか社会経験も少ない彼に突然社長をというのは・・・失礼ながら、無謀なご判断かと思われます。』
『いや、あいつなら大丈夫だ。それに、有能な秘書が付いていれば心配ない。そうだろう?御堂くん?』
『は…、は?私が、ご子息の秘書も勤めるのですか?!』
『ああ、まあアイツもそうとう鼻持ちならねえから、君でも梃子摺るかもしれないが…君で無いとアレの手綱を取るのは難しそうだからな。
 急な頼みですまないが、頼む。このとおりだ。』
『しゃ、社長ッ、面を上げてください!』


そうして、痛む頭を抱えながらも、仕事の基本マニュアルや取引先のデータ、最近や現在の契約、覚えるべき顔と名前など、
お坊ちゃま対策書類を山ほど用意して顔合わせに挑んだ。


その彼に浴びせられた一言が、冒頭の台詞だ。


思わぬ事故で、それも、才能とは関係のない理由で偶然舞い込んだ社長の座。
なんの実績も無いくせに、座って当然といわんばかりの態度でプレジデントチェアに深く腰掛けた姿がまず癪に障った。
そして、生まれたときから自分は人の上に立つのが必然だとでも思っているかのような不遜な態度。
御堂が机に積み上げた書類は「ああ、こんなことか。もう頭に入ってる。基本だろ。」と一瞥しただけで捨て置かれた。
背もたれに体重を預け、長い足を持て余し気味に組み、椅子にひじを付いて御堂を頭から爪先まで値踏みするように見た若造は「ふうん」と言って口の端を吊り上げた。

『あんた、ヘッドハンティングされたんだって?親父に変な趣味は無かった筈だけど。まあ、その容姿じゃ、唆されて断れる男も少ない、か。』




第一印象は、最悪、の一言に尽きた。





あれから三週間。

御堂は内心、非常に面白くなかった。
急場しのぎでその座に据えられた形だけの社長代理の筈だった男は、御堂でさえ舌を巻く切れ者だった。
豊富な知識と回転の速い頭。
不遜な態度が嘘のような人懐っこい顔さえ使い分ける卒のなさ。
米国でMBAを取る勉強をしながら様々な経験を積んできたのが見て取れた。
さすがに一から十まで全て出来るという訳ではなく、実務経験が物を言う場面では机上の計算とのギャップにもどかしさを感じる事もあるようだ。
だが憎たらしい事に、そんな失敗も全てプラスの経験に換え、見る間に実力を付けている。
重役や取引先、そして社員たちの態度は完全に覆った。
最初は猜疑心を抱えていた彼らも、今では完全に“信者”だ。

ただ一人、御堂を除いては。


Pipipipipi…


と、デスクの上の電話が、忌々しい音を立てた。
なっているのは御堂の携帯ではない。
本多の私用携帯だ。
「…はい、本多社長の携帯です。」
数秒の沈黙の後、女の溜め息が耳に叩き付けられる。
「…申し訳有りませんが、社長はただいま業務中ですので、電話に出る事ができません。」
この間とはまた別の女だ。
本多憲二を出せと、徐々に声が不快なトーンになってくる。
「いいえ、本多は会議中です。就業時間後でしたら、掛け直す事も可能かと思いますが。何かご伝言がありましたら私が申し伝えます。」
女の声がいよいよ甲高くなった。
電話していて不快なのはお前だけではない、複数の女に云われも無く不愉快だと喚き散らされる私のほうが、よっぽど回線を断ち切る動機がある。
「申し訳有りませんが、社長からそう申しつかっておりますので、電話をおつなぎする事は出来ません。」
なぜ私がこんな無意味な事に時間を削られなければならないのか。

理解不能且つ業腹な事に、本多は私用電話の一つを就業中、御堂に預けていた。
それがこの、遊び相手の女に教える専用回線だ。

まっ二つに圧し折って床に叩き付けたい衝動を必死で押さえつけるのは…一体何度目か。

本多は御堂の何が気に入らないのか、時折、嫌がらせとしか思えない仕事を命じてくる。
朝早く、自社の経営するジムでするトレーニングに付き合わせる事も御堂にとっては十分嫌がらせだった。
御堂はゲイだ。
本多は知らない筈だが、毎朝鍛え上げた身体を見せつけるようにされ、忌々しい。
彼の身体が文句の一つさえ付けられないほど完璧なのがまた、腹立たしいのだ。


端正というには荒削りで男臭いが、充分整った顔。

セックスアピールが立ち上るような逞しい体つき。



二丁目のバーで見かけたのなら、迷わず粉を掛けただろうが…、上司以上の存在になる可能性は皆無だ。
…癇に障りすぎる。







「御堂」
恒例の早朝トレーニングが終わったシャワールームでブースに向かう途中、声をかけられた。
仄かに笑う気配を混ぜた声を訝しく思いながら立ち止まると、本多は自分の首筋をトントンと指で叩いてみせる。

「週末は恋人としっぽり、か?」

ハッとして首筋を掌で覆う。
一瞬、返す言葉に窮した御堂を本多が壁に押し付けた。
「な、にをなさるんですか」
見せつけるようにニヤつきながらも、有無を云わせぬ強さで肩を掴んで放さない。
動揺する御堂を見て、本多は口を開いた。
「あんた、ゲイだろ。」

「…!」

何故。
不意打ちに、ポーカーフェイスが崩れた。
自覚してももう遅い。

御堂の表情は、どんな答えよりも雄弁だった。

「昨夜、二丁目から男とタクシーに乗ってくのを見た。」
不覚だった。
本多は鬼の首を取ったような顔をしている。
昨夜、ここ最近のフラストレーションを晴らしたくて二丁目のバーで男を引っ掛けた。
モーションをかけてくる男の中から選んだのは、本多のように低く通る声をした、がたいの良い男。

物色している最中から、無意識に彼と同じタイプに惹かれる視線を嫌悪していたというのに、結局。


しかも最悪な事に、行為の最中まで本多の事を思い出した。
行きずりの男の身体から本多の裸を妄想して…。


今朝の気分は最悪だった。
直後からこうして、その男の身体が汗を流すのを見せつけられていたのだから、尚更。
「なあ、ああいう男が好みなのか?体格がよくて、俺ぐらい背が高かったな?どうだったんだ、彼の味は。」
「っ、離れて、ください…!」
耳元で、息を吹き込まれるように言われ…望みもしない感覚が背筋を這い上がる。


鼓膜を震わせる低い声。

身体から立ち上る汗の匂いと体臭。

脳の芯が一瞬、強く痺れた。


「まさかあの男を抱いたわけじゃないよな。あんたみたいな固くて真面目そうなプライドの高い美人が、同性に抱かれて悶える、とか…
 そういう趣味がない俺でも、想像すると妙な気分になってくる。」
「社長…!」
尖った声を出す御堂を、笑いを混ぜた吐息が誘惑する。
押しのけようと腕を突っ張るのと同時、本多のぬめる舌がねっとりと首筋を舐め上げた。
「ぅ、あッ」
不意をつかれた御堂の声が上擦った。
仕上げのように耳朶を甘噛みされ、思わず、渾身の力で本多を突き飛ばしていた。
「おっと…!」

「っ、ふざけるのも、大概になさってください!!」

激した声には冷静さの欠片も装えず、自分に苛つく。
よろけて、しかしすぐにバランスを持ち直した本多を、力一杯睨みつけた。
癪に障る笑い声でも浴びせてくるかと身構えたが、本多は何か言葉を飲み込んでからシャワーブースへと入って行っただけだった。






その日以降、本多の視線が…重い。
ジムで各々メニューをこなしている時はもちろん、仕事中も痛いほどの視線を感じる。
興味本位というには熱がこもりすぎた、それ。
体中を這うような視線に、妙な感覚がこみあげる。

一日のスケジュールを読み上げる時も、外出の支度を手伝う時も、所用を告げる時も、同じ部屋で仕事をする時も。
気づけば、深いブラウンの瞳に、捕縛されている。


事が動いたのは、その視線に耐えた一週間の終わりの日だった。


「今日の業務はこれで以上です。車を手配いたしますので、ご準備を。」
最後の決済書類を受け取って、一礼する。
踵を返そうとした瞬間、腕を取られた。
「っ、!?」
本多の腕、と認識するより早く御堂の身体が重厚なデスクへ仰向けに押し付けられる。
反射的に跳ね上げようとした上半身は頑強な腕に手首を取られて用を成さず、自分が今どんな体勢を取らされているのか漸く理解した。
「なにを…ッ」
唐突な行為の意味を問う声は、どこか切羽詰まったような本多の顔が目に入ったで途切れる。
同時に、本多が御堂にのしかかってきた。
熱い息が耳許に掛かって息をのむ。
「週末はまた、二丁目で男を引っ掛けるのか?」
社長の本多憲二ではなく、一頭の雄の声が頭を痺れさせる。
首筋まで朱に染まるのが分かったが、御堂の矜持はそう簡単に崩れない。
「っ、貴方には、かんけい、ない、ことでしょう…っ」
耳裏を吸われて声がうわずった。


「いいや、強ち、関係なくない。俺も候補に入れろ。」


鬱陶しいほど性感を煽る低音に気を持って行かれて、言われた内容を飲み込むのが遅れた。


「こ、うほ?」

何の?
掻き乱される頭で直前の会話を思い出すより早く、本多の声がまた耳をくすぐった。

「こっちはここんとこ、あんたのせいでどうにかなりそうなんだ。仮面を被ってるみたいな綺麗な顔が、ベッドの上でどんな風に歪むのか。
 快楽に興味もなさそうなその身体が、俺にヤられてどう快楽に悶えるのか…想像しただけで、すぐ、こんなんだ。」

いうなり、割り広げられた内股に硬い熱が押し付けられた。
背筋を明らかな快感が走る。

声一つで思考も纏まらなくなるほど、この男に魅了されている。


不遜で傲慢な鼻持ちならない若造の筈。

事実、普段、そばにいればそれだけ苛立たされる。



なのに、その逞しい身体を想像しては…押さえきれない熱を覚えて堪らなくなる。




だが…。




「あなたは、ゲイではないでしょう…っ」
今日もまた違う女から復縁を迫る電話がかかってきていた。
女好きのストレートに興味本位で手を出されて味見だけで捨てられるなど、プライドが許さない。
「ああ、そうだな。だが、あんた相手だと自信がなくなる。男にこんなに欲情するのは初めてだ。」
唇が触れるか触れないか、ぎりぎりの距離で見つめられ、熱っぽく囁かれて、我を忘れそうになる。
絡めとるように香る、本多の体臭を含んだフレグランス。
内股に押し付けられ、時折戯れのように擦り付けて主張してくる硬く大きな雄。
スーツを纏っていても想像できる…垂涎しそうなほど蠱惑的な雄々しい肉体。

「なあ、御堂…俺にしろよ。」

深く、魂の奥までをも誑かす男の声に、御堂の理性が焼き切れた。


「不用意に手を出すと、痛い目を見ますよ…」


吐き捨てるようにそう言って、本多の唇にしゃぶりついた。
ノンケが怖じ気づいて逃げ出すなら今だと教えてやろうという気も有ったその行為だったが、信じられない事に、本多は御堂の挑発で欲望の箍を外した。
「んっ、んぅ…ッ、ふ、んんっ!」
息つく間も無く口を…まさに、犯されながら、瞬く間に衣服を剥ぎ取られる。
勢い良く引き抜かれるネクタイの衣擦れにこれほど興奮したのは初めてだ。
ボタンを飛ばすのではないかと危惧させるほどの勢いで御堂を剥いた本多は、奪うようなキスをし、
上半身の性感帯をたっぷりと弄びながら、どこからか取り出したローションで御堂の後ろを解しに掛かる。
「う、ぁッ、く…ッ、あき、れた…っ」
悶えながら切れ切れに言葉を紡ぐと、欲望にぎらついた男が目を上げてくる。
「なにが」
本多の息も、荒い。

二人して、野獣に成り下がっている。
もうここが就業時間直後の社長室だとか、鍵もかかっていないことさえ、どうでもいい。

「かいしゃ、に、そん、な、もの…っ」
「ふっ、どうせアンタをヤるなら、スーツのままのアンタをここで滅茶苦茶に犯したいって…何度も妄想してたからな。」
獰猛な笑みを向けてそう言うと、よそ事を考えた仕置きとばかり、滑る指で御堂の体内を乱暴に掻き回してきた。
「あああっ、つ、アッ、う…!」
継ぎ足されたローションが秘部で卑猥な音を立てる。
数本の指で無造作に…しかし、憎らしいほど的確に感じる場所を弄られて御堂は本多の肩へ縋り付くようにして喘いだ。

整えられた髪を、端正な美貌を、快楽に乱して悶える御堂に、本多の喉が鳴る。

「たまんねえ…想像以上だよ、御堂さん」
名残惜しげな水音と、不満げな御堂の声が同時に空気を揺らす。
銜える物を失ってヒクつく穴に、本多は完全に上向いた砲身を宛てがった。
熱い感触に御堂が本多を見上げる。
藤色の双眸からは氷の膜の跡形も無く、男を誘う猥雑な色と熱が滾っている。
本多は一息に、御堂の中へ押し入った。
「ああああッ…!」
一度として戸惑いに手を緩める事無く、太く硬い男のモノが奥の奥まで突き込まれる。

御堂の白い指が、重厚な木目を引っ掻く。


犯される。

猛獣に。


征服される…?



…そのつもりなら、こっちから貪りつくしてやる。



本多の頭を強引に引き寄せて唇を奪うと、中の角度が変わる。
若く逞しい身体から邪魔な布を剥ぎ取って、むしゃぶりつきたくなるような裸体を全身で絡めとる。
ぶるりと本多の身体が快楽に震え、御堂は唇に勝利の笑みを刷く。
見とがめた本多が唸るように言った。

「俺を本気にさせたな…泣いて縋ったってもう放さねえぞ」

どっちが、と減らず口を返す間もなく、今までの抽送がお遊びのような、激しい突き上げが始まった。


「アッ、あっ、く、ふ、ッ、んぅ!ん!ぁあッ!」


未だかつて感じた事も無い、恐ろしいほどの快感の大波が、御堂を飲み込もうと襲ってくる。
呑まれたらどうなってしまうのかと恐れを抱きつつ、もう自分の跡形も無くなるほど存分に己の中を浚って行けば良いとも思う。




この男になら―――




「ふあっ、ああっ、も、い、く…!!!」






ぐ、と全身が撓った。

















「――――!!!」








飛び起きた。



















そこが本多の住まう手狭なワンルームの、見慣れたベッドの上であると認識するまでに、時計の長針は大きく角度を変えていた。


















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はい、夢落ちでした(笑)
本御コンビの某BLCDにやられまして^^;ついつい書きたくなっちゃったんです。ハイスペックな本多と、彼に敬語つかう御堂さんww
超展開なのは意図的です。夢ですから(笑)
そしてフィットネスクラブと大吾郎は、御堂さんの本多に対する勝手な偏見が夢に反映された結果です(爆)
本多がお前誰だよ!?みたいなことになってましたが(笑)大丈夫、次からは標準スペックの本多が出てきますのでご容赦を|・)
次は御堂さんの悶々タイムから幕を開けますw