苦痛に、快楽に、歪む端整な顔


藤紫の涼しげな瞳から零れ落ちる涙




手の届かない場所にいるような、完璧な男を高みから引き摺り下ろし、快楽と屈辱の沼の中に押さえつける




歯牙にもかけないような様子で自分を見ていた目が、自分を見るたび怯えの色を走らせることに


快楽に溺れながらも屈しまいと睨んでくる苛烈な瞳を受け止めることに


声を殺しきれず抗いながら喘ぐことに




甘美な快楽が全身を支配していた







・・・筈だった。










後ろ手に、御堂のマンションのドアを閉めると、言いようもない苦味に支配された。

今日、御堂は俺を一瞥すらしなかった。


始終視線を逸らし、最後まで、全身で俺を拒んでいた。



シャワーの中で抱いた身体。
触れた瞬間から彼の肌は熱く火照っていて、刺激すれば呆気ないほど早く果てた。

御堂の身体はもう、俺なしではいられないと訴えている。


・・・身体、は。



タイルを打つ水音に混ざった、弱々しい御堂の声がまだ残っている。







もう、私を解放してくれ。


これ以上、私をおかしくさせないでくれ。


頼む、から。









端整な顔は苦痛と快楽に歪んでいた。

藤紫の瞳からも止め処なく涙が零れ落ちていた。


自分を見る目はこれ以上なく怯えていて。


溜息一つでも可哀想なほどに身を硬くして震わせて。



愉快だったはずだ。

そんな御堂の姿を見るのが。


俺に屈服させられて、往生際悪く足掻いて、それでも快楽を拒みきれないアイツの姿を見るのが。





愉快だったはずなのに、今俺は胸の中に鉛の塊でも飲み込んだような気分でいる。






手の届かない高みで咲いていた美しい花に手を伸ばした


誇り高い白百合のような穢れないそれを力ずくで圧(へ)し折った


この手で押さえつけて


この手で穢しつくして



己の手の中で弄んでいるのに





なのに、








なのに、この気分はなんだ?









地位も、名誉も、生活も、プライドも、なにもかも奪った。


屈服させて、辱めて、支配して、好きなように傷つけて




それがしたかったはずなのに

アイツから何を奪っても満足できない





涙を見ても

歪む顔を見ても



重苦しさしか感じない。







俺は何が欲しいんだ?


俺は何がしたいんだ?








あの男を穢したかったのなら、いまの状況で十分なはずだ

惨めな姿を見たかったのなら、満足なはずだ


アイツの身体は従順に変えてやった


高慢な態度も封じ込めた


これ以上ない屈辱的なことも何度もやらせた



アイツを貶めて自分の評価も上げた


アイツは上司からも部下からも信用を失いつつある






犯して、穢して、貶めて、支配して、縛り付けて








全て奪ったはずなのに




屈服させたはずなのに











何故俺はこんなにも満たされずにいる?












あのプライドの高い男が善がり狂う様を見たかったんじゃないのか?


完璧なあの男の、屈辱に歪む顔がみたかったんじゃないのか?



俺の前に跪いて懇願する様がみたかったんじゃないのか?







だとしたらもう十分なはずだ。

なにが物足りない?







いつの間にか短くなっていたタバコを側溝に投げ捨てる。
新しいものを出そうとしたら空になっていた。

「クソ・・・っ」




苛々する。





自分のことすら分からないこの状況に。

そして我を張り続け、俺を拒絶し続ける御堂に。






もう何もかも俺に奪われたんだ。

後一押し。


そうすれば、最後の一段を踏み外して、御堂は俺のところまで堕ちてくる。






それとも、まだ足りないのか?



御堂を堕とすにしろ、俺が満足するにしろ。







もっと甚振れば



もっと辱めれば




もっと追い詰めれば











この手の中にアイツは堕ちてくるだろうか


何処か満たされない欲求も満足するだろうか






















まだ、自分の欲しいものが御堂さんの心だってことに気付いていない眼鏡。
こんな心情のまま御堂さん苛めに益々熱を入れて監禁→精神崩壊寸前まで追い詰めちゃうといったところでしょうか。
前の話のシーンから随分飛びましたが、次からは時間の流れが緩くなります。