「・・・遅い」
上品な高級さを感じさせる落ち着いた内装のレストラン。
静かに流れるクラシックに御堂の呟きが混ざった。

時計を見れば既に約束の時間から三十分過ぎている。

昨日、たちの悪い男たちに絡まれているところをキクチ・マーケティングの本多に助けられた礼にと食事に誘った。
時間的にやむを得ず彼の家に泊まったら翌朝なぜか唇を奪われるという予想外のオプションが付いてきたが、
とにかく助けてもらったのは事実だと御堂はこの店に招待することにしたのだ。

深く重ねられた唇の感触がフッと蘇った。


「・・・っ」


思わず手で口許を覆う。

(アイツは・・・、まったく、何を考えてるんだ・・・・寝ぼけるにもほどがある)

大方彼女とでも間違えたのだろうと御堂は思っていた。
迷惑な話だ、と。
また時計を見る。
連絡くらい寄越せと思って、自分の携帯の番号を教えていなかったことに思い当たる。

もう直ぐ遅刻は40分だ。

嘗てこれほど御堂を待たせた人間は稀だろう。
MGNの部長職についてからは時間通りに行っても礼儀として相手が先に来ているというのが殆どだったし、
時間にルーズな人間を嫌う御堂は待ち合わせの時間を守れない女性と付き合ったこともなかった。
少し眉を顰めて携帯を見つめるが、彼も本多の番号を知らないのだからどうにもしようがない。

その時、黒服を着た初老の男が彼のテーブルに歩み寄ってきた。
常連の御堂とは既に顔なじみの、ここのレストランのホールマネージャーだ。

「御堂様」

手にはシンプルなデザインの黒いコードレスフォンを持っている。
それで御堂はマネージャーの次の言葉を正確に予測できた。

「こちらへ本多様からお電話が入っております。」

やっとこの方法に思い至ったかと呆れながら御堂は礼をいってそれを取る。
「・・・御堂だ」
マネージャーがそっと場を外すのを確認してから通話ボタンを押す。
どうやら外にいるらしく、雑多な音が聞こえた。
『あ、御堂さん、本多です』
少し気まずそうではあるが何時もとさほど違いのない本多の声が受話器を通して伝わる。
呑気に名乗る遅刻男にそんなことは分かっていると言いそうになるのを堪えた。

「道にでも迷ったのか」
『違いますよ・・・遅刻しちゃってすみません、ちょっと色々ありまして・・・・で、ちょと外に出てきてもらえますか?』

「外、だと?」

予想外の要求に御堂が思わず聞き返す。
なぜ店の外に出る必要があるのか。

「何故外に出なければならない。君はいまどこにいるんだ?」


『店の目の前です』


御堂は黙った。

本当に意味が分からなかったからだ。


「意味が分からない。店の前にいるなら入ってくればいいだろう。何故私が外に行かなければならないんだ?」
どこまでも冷静に問いただす御堂に神経をつつかれたのか、本多の声が若干じれったそうな声に変わる。
『中に入れないんですよ。理由は出てきてくれたら話しますから、頼みます』
御堂は溜息をついた。
とにかくこれ以上の議論は時間と労力の無駄だろう。
それに店の電話をいつまでも通話中にしておくわけにはいかない。
「わかった。直ぐ出るからそこに居たまえ。」
終話ボタンを押してからまた一つ溜息。

なんなんだ、あの男は。

電話が終わったのを確認してマネージャーが戻ってくる。
「ありがとう。すまないが一旦外へ出る。直ぐに戻ると思うが・・・」
「承知いたしました。コースのご用意をしてお待ち申し上げます。」
「勝手を言ってすまない。」
洒落た階段を上がって、その先にあるドアから外へ出た。


探すまでもなく、本多はいたのだが。



「・・・・・・」



所在なさげに佇む彼を見た瞬間、御堂は思わず唖然として口をあけてしまった。



御堂の視線を受けた本多が気まずさを取り繕うような不自然な笑い方をしながらあからさまに目をそらす。
御堂だけではなく通行人からも容赦ない視線が向けられている。

当たり前といえば当たり前だ。


高級な店の並ぶこの通りの、
しかも割りと名の知れた高級レストランの前に、傍目に見ても泥と分かる汚れを服のあちこちに付けた男が立っているのだから。


ひとしきり絶句してから御堂は大きく溜息をついた。
「・・・・どういうことだ」
硬質な声がいつもより更に冷たいのは本多の聞き間違いではないだろう。
明らかに、あきれ果てている。

「いや・・その、途中でネコを助けたら・・・服汚しちまって・・・」

御堂はパチパチと目を瞬かせた。


ネコ。


まさかそう来ると思わなかったのだ。


「猫。」
思わずそう呟いた御堂をどう思ったのか本多が焦ったように続けた。
「ドブみたいな小せぇ川の真ん中で石に乗って猫が鳴いてて、たぶん飼ってんだと思うんすけど女の子が2人で困ってて・・・」
「で、見かねた君が猫を助けにドブに入ったというわけか。」
「・・・はい・・・」
思わずまた溜息が漏れる。
なるほど、良く見れば一番汚れているのは靴とスラックスの裾だ。
もう乾いているとはいえ明らかにヨレていて、泥と思わしきものがこびりついている。
ジャケットとシャツが一部同じ憂き目にあっているのは恐らく猫を抱き上げたときのものだろう。

「まったく・・・」

確かにこの格好でレストランに入ろうとしたらボーイに見つかった瞬間、丁重に入店をお断りされるだろう。


それにしても猫を助けていたとは。
この男らしいといえばそうなのだろうが。


「すみません・・・」
呆れた、と声音よりも表情で雄弁に語ってくる御堂に本多は大柄な身体を小さくする。
さてどうしたものかと考えて、御堂は時計を見た。

この時間ならまだやっているはずだ。

待ち合わせをやや早い時間にして良かった。
「少しここで待ちたまえ」
そういい残して一旦レストランへ戻る。

話をつけて再び外に帰り、困惑気味の本多に「行くぞ」と声をかけた。


「え、行くってどこにですか?」


すたすたと歩いていく御堂を本多が慌てて追いかける。
御堂はそれに答えることなく、自分の思いつきに満足げな笑みを微かに浮かべながら目的の場所へと向かった。








御堂につれてこられたのは、レストランからそう離れていない場所にある紳士服店だった。
もちろん、そんな場所にあるのだから断じてチェーン店などではない。
外装や、ショーウィンドウに飾られたスーツの質からも明らかに高級店だ。
欠片の躊躇も見せずに入っていく御堂を追いかけて本多も店に入る。

深い色の木を使った重厚な内装と品の良い照明はヨーロッパの老舗テーラーを連想させる。

ディスプレイしてあるスーツもシャツも、どれも見るからに質が良く、傍らに並んだキューブが示す数字は本多に目を剥かせるほど。
どうやら着替えさせようという事らしいが、とてもこんな金額をたまにしか着ない洋服に割ける経済状態ではない。
慌てて御堂を探すと、老紳士と呼べそうな男になにやら話しかけている。
店主らしい。
近づくと御堂が本多に視線を投げた。
「彼にジャケットから靴まで一揃い見繕ってもらいたい。タイは良い。」
「オーダーで承りますか?」
「いや、すぐに着るから、既製品を寸直しする程度で構わない。」


その台詞に本多がギョッと目を瞠る。
こんな店で一揃いなんて一体幾らになるのか想像するだに恐ろしい。


「お、おい、御堂・・・」

かしこまりました、と一旦主人が奥へ下がるのを待って本多が声を潜めつつ詰め寄る。
声の調子か表情か、とにかく何を言いたいのか分かったのだろう。
御堂は少し口の端をあげて笑って見せた。

「出世払いしろなどと言わないから安心しろ。」
「え・・いや・・・」

そりゃあ、自分で払えって言われたらどうしようかと思ったが。


まさか御堂に買ってもらうわけにはいかないだろう。


「そりゃ俺は払えませんけど、御堂さんに買ってもらう必要もないっすよ。なにもこんなとこで買わなくてもその辺の店で買えば・・・」
「一着くらい本当にいいものを持て。折角私がその気になったんだ。気が変わらないうちに甘えておけ。」
どうやら御堂はこの店で本多に着替えを買うということでもう決めてしまったらしい。
こうなったらこの男のことだ、梃子でも動かないだろうが、本多もここで引き下がるわけには行かない。

「こんな高級なもの必要ねぇって・・・それにアンタに買ってもらう理由もないだろ・・・」

確かに本多は御堂に好意を持っているが、それでも表向きはただの上司と部下だし、御堂の認識では表向きもなにも完全に唯それだけの間柄だ。
特に理由も無いのにこんな高価なものを上司に買ってもらう謂れもないし、好意をもっているからこそ御堂に服を買い与えられるなんてことは承諾しかねる。

「理由が必要か?なら、昨日の礼だ。」

主人が持ってきた布の色見本を本多の肩辺りに置いて真剣に吟味しながら、あっさりと御堂が言う。
「礼は今日のディナーだろ?」

御堂が答えない。


何かと思ったら別に答えに窮しているわけではなく、布の色選びに真剣になっているだけだ。


「おい・・・」
「黒だな・・・ピンストライプで。なんだ?」


また主人が一旦下がる。
御堂は本多の抗議に耳を貸す気もないらしい。

「だから、昨日の礼はディナーだろ?それ以上してもらうような事してねぇって」

戻ってきた主人と店員は黒のピンストライプのジャケットを数種類並べて御堂に見せる。


また彼がそちらに意識をやって本多に答えないものだから、いい加減本多も苛立ってきた。
相手の好意からの行動とはいえここまで意向を無視されれば腹も立つ。


「聞けって、おい」

流石に店員を憚って言葉遣いにはギリギリ譲歩する。
それでも不穏な空気は拭えなかったのか、若い店員が戸惑った様子で御堂と本多に視線を送った。
御堂がチラリと本多をみる。

「素直に受けろというのに。」

さも手に余る、といった言い方にカチンとくる。


「だからっ、俺はアンタに服買ってもらうような」
「理由は無い、か?聞き飽きたな。」


声を荒げた本多に、御堂が漸くジャケットから顔を上げて本多と視線を合わせる。
ムスッとした顔で睨んでくる本多を無表情に見ていたが、おもむろに口許へ指を添えた。

形の良い桜色の唇を白くたおやかな指が撫でる。


不覚にも、ドキッとした。


やがてその唇がニヤリと吊りあがる。



「そんなに礼をされるのが嫌なら、罰ならどうだ?」



「はぁ?」

一体何をいうのか。
礼の次は罰ときた。

意味が分からんと本多は眉を顰めるが御堂は構う様子も無い。


「君は私からディナー以上の礼をされるのが嫌なのだろう?それに私に服を買われるのも余り嬉しくないようだ。なら、今日私を待たせた罰ということにしよう。」


本多は呆気に取られた。
「あんたなぁ・・・」
屁理屈ともいえそうなそれに抗議しようにも二の句が継げない。
大体、何故そこまでして本多に服を買いたいのか。
御堂の意図が全く読めない。

「相応の罰を与えてやるから覚悟したまえ。私を40分も待たせた部下など前代未聞だからな。」

そう言ってまたジャケットの選定に写る。
藤色の瞳が何度か並べられたそれらと本多を往復する。
真剣なその目に本多は溜息をついた。
与える側が財布を痛める罰なんて聞いたことねぇぞと言いかけて、御堂にとっては微細な出費かと思い直す。
たぶんこの程度の買い物くらい何でもないだろう。

しかしそれにしても。


なんなんだ、この人は。
単に人に服を見繕うのが趣味なのか?

いや、御堂に限ってそれはないだろう。


他人の服を選ぶなんてことが趣味なら、普段の性格もかなり世話焼きになるはずだ。
御堂は正反対じゃないか。


ジャケットが決まったらしく、今度は主人と店員が手早く本多のサイズを測る。
御堂相手ではもう抵抗するのも馬鹿らしくてされるがまま、腕を上げ下げした。
こんなことは高校入学時に制服の採寸をして以来だ。
ここまで細かくはなかったが。
本多は肩にメジャーを渡されながら、今度はスラックスの選定をしているらしい御堂をじっと見る。


そう・・・普通、人に服を買うのは相手に自分好みの格好をさせたいか若しくは相手を普段以上に良く見せたいか、そんなような理由からだ。



もしかして・・・と思うのは、飛躍しすぎだろうか?



「黒だな・・・色を変えても良いが、やはり同系の方が若々しいだろう」
御堂がスラックスの色見本をジャケットに当て、時折本多本体もみやりながら言う。
どうやら本人の意向を聞くという選択肢は微塵も無いらしい。
「この生地の無地でよろしいですか?」
「ああ。無地がいい。」
本多のサイズを測り終わったらしい店員がメモを主人に手渡す。
ジャケットとスラックスを只今お持ちいたしますと言い残すとシャツの見本を見せるよう店員に言いつけて主人は奥の扉に消えた。
「シャツはどのようなものをご希望ですか?」
店員が聞き、御堂が本多を上から下まで検分するように眺める。

考えるときの癖なのだろうか、また御堂の人差し指がそっと唇に添えられている。

すんなりと長い指は桜色をした爪の形まで整っている。
長い睫と共に若紫の瞳が上下するのを何ともなしに眺めた。

本当に、容姿から才能まで厭味なほど完璧な男だ。

「薄いブルーと・・・そうだな、シルバーグレーのものも見せてくれ。白のカジュアルなデザインのドレスシャツがあればそれも。」
「カラータイプはどういたしますか」
「タイはいらないから・・・イタリアンカラーだな。」
「只今お持ちいたします」
淡々と告げる御堂に店員が頭を下げて一旦下がる。
その間も御堂はやや楽しげに本多を見ている。


キクチの女子社員の中でも御堂の人気はかなり高い。
まあ、いくら背伸びしても届かない高嶺にある花でもあり
本人の性格からして子会社の女子社員など見向きもしないだろうという諦めもあり、殆ど叶わない憧れといった偶像的人気だが。

そんな男が今一心に自分を見つめて楽しそうに服を選んでいる。


これは・・・少しうぬぼれても良いんじゃないだろうか?


「なぁ、御堂さん」

マネキン状態にされてから久々に本多は言葉を発した。
御堂が彼の顔まで視線を上げる。

そういえば、さっきからずっと本多を見ていると言っても主に首から下だけだったと、その視線の動きで気づく。


完全にマネキン扱い。
なんとも失礼な話だ。


「あんた、普段から男に洋服見繕うのが趣味なのか?」
もしかして自分のセンスを本多で試したいだけなんじゃないかという疑念がわきあがってきて若干不機嫌な声で言う。
御堂はさも不本意といった様子で眉を寄せた。

「私がそんな悪趣味な人間に見えるか?」

悪趣味ときた。
まあ、確かにアパレル関係の仕事をしていない限り他人の服を見繕う趣味がある男など稀だろう。


ということは、本多だから、だろうか。



ごく、と喉が鳴った。



「じゃあ何で俺にこんなにしてくれるんだ?普通、趣味でもなければタダの部下にこんなことしないだろ?」



良いものを買い与えたいというだけなら別にここまで本格的にセレクトしないだろう。
本多は後半をやや強調して口にしてみた。


つまり、自分のことをタダの部下以上に見てくれているのでは?という期待をこめて。



生来の察しのよさが災いしたか、御堂はそれを読み取った。



「っ・・・」

ぐ、と眉間に皺がより、僅かながら頬に朱が上る。
僅かな変化だったが本多を調子に乗らせるには充分だ。




「なぁ、アンタもしかして俺のこと」
「それ以上言ったら支払いをお前につけるぞ。」




御堂が思い切り据わった目で本多を睨み上げる。

彼はソファに座っているため本多から見ればかなり急角度の上目遣いで。



しかしこのときばかりは、発せられた言葉の破壊力が上目遣いの破壊力に勝った。



「ぐ・・・、それ汚ぇ・・・」

この場合金額は急所だ。
それを言われたら手も足も出ない本多である。
悔しげに呻いた本多を御堂が唇の片端を吊り上げる。
数種類のシャツを持って店員が戻ってきて、受け取った御堂が本多の肩口にそれを押し当て検討し始める。

間近に迫った御堂の顔をさも気に入らないといった表情で見下ろせば、視線はシャツに言ったまま何とも高慢な笑みを浮かべた。


「なんでここまでするか、か。」


そこまで言ってチラと一瞬本多と視線を合わせる。

「な、なんだよ・・・」

余りに近くで視線がかち合った為にそれはまた若干上目遣いになって本多をドギマギさせる。



その彼に御堂は花のような笑みを浮かべ・・・





「ドブ臭い男と食事をしたくないからだ。」





と、言い放った。


「ドブ・・・」


あんまりな言い方に本多が絶句する。
硬直した本多を尻目に御堂はあっさり体を離すと再びシャツの選定に戻った。
薄いブルーのものと、白地に濃紺でステッチの入ったものを交互に当てて見比べる。
いずれも襟の種類はイタリアンカラーと呼ばれ襟が形を崩さずに広く開く、ノータイ専用のドレスシャツだ。
「・・・・・両方だな。」

今日買う上下に吊り合うシャツをこの男が他に買うとも思えない。
この際二枚くらい揃えさせてもいいだろうと御堂は片方に絞るのをやめた。

丁度主人が先ほど選んだジャケットとスラックスと仕立て直しに使う道具を手に戻ってきた。
一気に覇気がなくなった本多を更衣室に押し込んで着替えさせる。



「ほぅ・・・」

暫くして出てきた彼を見て、ソファで脚を組んだまま御堂が感嘆の声を上げた。
先ほど選んだシャツはまだサイズを探している最中なので取り合えずシンプルな白のシャツだが、
背が高く身体つきも見栄えのする本多に、御堂の選んだ上下は品良く似合っている。


正直見違えるほどだと御堂は素直に認めた。

もちろん、心の中でだが。


本人にも似合っている自覚があるのだろう。
覇気を失っていた先ほどと比べて明らかに得意げだ。
主人が裾などのチェックを始めたので御堂は一旦席をはずす。
壁の棚にディスプレイされた靴の中からややカジュアルなデザインの一足を選んだ。
裾も胴回りも特に直すところが無く、選んだシャツが出されるのを待ってブルーのほうを着、本多の着替えは完了した。

黒地に同系色のピンストライプがあしらわれたジャケットに黒のスラックス、淡いブルーのドレスシャツ、カジュアルめな革靴。
適度な太さのある首元をイタリアンカラーが映えさせて、無造作に立っていてもかなり見栄えがする。

御堂が支払いを済ませている間、本多は鏡で自分の姿をしげしげと見る。


こんなに良いものを着たのは初めてで若干気分が落ち着かなかったが、なかなかどうして、似合っているではないか。


御堂が近づいてくるので視線をやれば、満足げな顔で本多を見ている。


「馬子にも衣装だな」
などと可愛くないことを言ってくるのだが。


まあ、伝わってくる雰囲気が明らかに嬉しそうなので反論は控えた。
御堂がレストランに連絡を入れて、先ほどの道を戻る。

来るときは不審と嫌悪だった周囲からの視線はガラリと変わって、羨望とか秋波とかそんな類いのものばかり集まってくる。


それもそうだ。

上質な装いをした見栄えのする長身の男が2人並んで歩いているのだから。



御堂は慣れているのか冷然とそれらを無視しているが、本多は気分が良くて時折視線に応えてしまう。
ちら、と藤色の瞳が本多を一瞥した。

「鼻の下を伸ばすな。服が気の毒だ。」

視線も声もわざとらしい程冷たい。


言い方ってもんを考えろよ、とムッとした本多だがそこでニヤリと笑った。



言ったら怒られそうだが、まあいいか、もう支払いは済んだのだし。



「妬いてるんですか、御堂さん」


顔を赤くするかと思ったら、本多の思惑は見事に外れた。
冷たい視線が再び突き刺さり。




「救いようの無い馬鹿だな、君は」




と一蹴された。






ほんと、可愛くない。






レストランに戻るとClosedの看板が下がっていた。
中にはまだ客がいるから、ラストオーダーの時間を過ぎたのだろう。
一瞬足を止めた本多だが気にせず中に入って行く御堂を追って入店する。
時間は大丈夫なのかと思っていたら御堂は手配済みだったのだろう、ウェイターがすんなりと2人を席に案内した。

閉店時間を過ぎて客は2人だけになる。
クラッシックが流れる静かな店内で極上の料理を味わいながら、本多は頬が緩むのを抑えられなかった。


相変わらず言葉では素直に褒めないが、本多を見る御堂の目には僅かながら熱っぽいものが見え隠れしていたから。



これはもしかして脈ありなんじゃないか。

相手を思えば恐らく無自覚だろうそれを自覚させるまでが大変そうだが、それでも。





偶発的なアクシデントから生まれた偶発的な恋心は、微妙なアクシデントで微妙な進展を見せて。


劇的なロマンスに発展させるのに必要なのは劇的なアクシデントなのか、はたまた、今度こそ平凡な恋路を進んでゴールに至るのか。






鍵を握るのは多分、恐ろしく素直じゃない年上の想い人。














「まっすぐな瞳」のえふぃー様がイラストを描いてくださいましたvvv




イタリアン・カラーという襟の形は丁度背景になってる写真のシャツのそれ。写真はスカーフ巻いてますが本多にスカーフはレベルが高いなと断念(笑)
本多ってがっしりしてて長身だからイタリアンスタイルのスーツとか似合いそう。
御堂さんに本多の服をコーディネートしてもらいたくて思いついたネタですが、まさか1話丸まる服選びで間が持つとは思わなくてびっくり(笑)
「青天の霹靂」ではキスまでしてますが御堂さんはあんまり自覚してないのでまだスタートから半歩といったところ。続くかどうかは恐ろしく未定です。