「帰ったぞ御堂。いい子にしてたか?」


夜、いつも通り男が私の家に“帰って”くる。
変わらぬ冷酷な笑みを浮かべて寝室に入ってくるその男を私は代わり映えのしない目つきで睨みつけた。
私が纏うのは肌蹴たシャツ一枚。
腕は頭上で拘束され、下肢は丸出しで、脚は閉じられないよう拘束具をつけられている。

こうして狂った日常が生まれてからもう何ヶ月経つのか、私には分からない。


分かるのは、窓の外や男の服装から察せられる季節の移り変わりと、自分の社会的生命はとっくに消滅していること、そして、男も私も狂っていること。


いつまで続ける気なのか、男はこうして私を拘束して、家にやってきては嗜虐的な性行為を強い続けている。

下卑た言葉で詰り、下劣な道具で辱め、堕ちて来いと繰り返す。



私の全てを奪った男に食事や排泄の世話まで見られる現状だというのに・・・いや、そうだからこそ、私は最後の一線で抗い続ける。





男が折れるのが先か、私が堕ちるのが先か・・・いずれにせよ、変わらぬ日常だと思っていた。






だが。






「ああ、またアンタは触ってもいないのにここをヒクつかせて・・・どうしようもない身体ですねぇ」
「いっ、ああああっ!!」

肉棒が慣らしもなくつきこまれる。



瞬間、男から、知らぬ香りが立ち上った。





・・・また、だ。





「っ、あっ・・やめっ、この、げ・・す・・・あぁぁ・・!」




罵りながら、嗅覚が必死で匂いを追う。






ここ最近、男に染み付き始めた匂い・・・明らかな、他人の移り香。

最初に気付いたのはいつだったか・・・不快な匂いは徐々に強くなり・・・・・男が来るのも毎日ではなくなった。







男が一旦自身を抜き、ローターを三つ押し込んでからまた性器を捩じ込む。
「ほら、アンタの大好きなおもちゃですよ・・・っ」


知っている。

私を嬲るためと見せかけてその実、それを入れるのは自分の性器を完全に勃起させるためだ。


余所で散々散らしてきたそれは、刺激を余計に与えないと射精できないのだろう。





私は拘束の解かれた脚を男の腰に巻きつけた。












離すものか。

貴様は私に執着して、そのまま朽ちればそれでいいんだ。












「アッ、あぁっ、ぃ・・ぇ、さぇき・・ッ、イ・・・・!!」
勃ち切らない肉棒を、内壁が引き絞るように食い締めた。
「くっ・・・」
食い切らんばかりの締め付けに男――佐伯の顔が歪む。





離さない


逃がさない




許すものか―――!






佐伯の来ない部屋で、電気をつけることも出来ずに過ごす夜の惨めさ


全て奪われた挙句にゴミのように捨て置かれる耐え難さ




それでも反応する、この身の、浅ましさ・・・!





「御堂・・、いい加減諦めろ・・・お前にはもう何も残っていないんだ」







そうだ、お前が私から奪い取った。
苦労の結果築き上げた全てを、一瞬で。


剥ぎ取って、丸裸にして、そして私の持っていたものを私の何十分の一かの労力で易々と手に入れた。







「堕ちてこい、御堂・・・言えよ、俺の奴隷だって、ご主人様って言ってみろよ。」



言ってどうなる。

貴様は、どうする気だ?




腹は読めているんだ・・・貴様のその幼児並みの思考回路は、お前の言うとおりにした私を壊し終わった玩具のようにみなして、興味を失って捨てるに決っている。






あまつさえお前は今、私と別の人間を抱いている。
私が堕ちた途端、手の平を返したように私を捨てて見ず知らずの人間に走るに違いない。






「ぃ、う・・もの、か・・・っ、ぜったい、に・・・!」






自分だけ自由になろうなどと、出来ると思うな。






お前は一生私が縛り付ける。





堕とそうとした相手に執着するあまり雁字搦めに縛られて、一生私から離れていけなくなればいい。













いや、そうなるんだ。
私から全てを奪ったお前の全てを、私のものにしてやる。













「あ、あ、あ・・っ!!」
ローターの震動が最大にされる。
体内で玩具同士がぶつかり、それを佐伯の性器が押し込む。


全身をさらう快楽に溺れそうになる私の鼻腔をまた、あの忌まわしい匂いが掠める。




「離す、もの・・か・・っ、ふ・・ああっ!」

「・・・なんだと?」



訝しげな佐伯の声は届かない。
私は思考が声に乗ったことにも気付いていなかった。



「か・・の、ほか・・の、人間になど・・・・っ、やるものか・・・・っ」


他の人間と幸せになる資格などお前にあるものか。



ぐらぐらと揺れる脳に「何だお前・・・妬いているのか?」と愉快そうな声が響いた。
それが自分の言葉を聞きとがめた佐伯の声だと認識せぬまま、思考が流れ出す。





「やい、て・・なにが、わるい・・・」





私はもう狂ってしまった。






殺したいほど憎い男に突っ込まれてどうしようもなく感じる身体



やせ衰えていく身体



失われていく気力



打ち砕かれた矜持



奪われた肩書き



消し去られた社会生命






憎い






憎い










憎い













全てを奪ったお前が憎い






自由を謳歌するお前が憎い






私の欲しい全てを持った、お前が、憎い









ここまで壊した癖に、知らぬ顔で他人と抱き合うお前が憎い











お前は私だけ見ていればいい


お前は私だけ嬲っていればいい


お前は私のところにだけ通えばいい


お前は私にだけ雁字搦めに縛られて、人生の花の時期を滅茶苦茶にすればいい


他人を見るなど認めない


他人を嬲るなど認めない


他人を訪ねるなど認めない







私以外の人間に執着するなど、認めない







気付くと、腕の拘束が外れていた。
佐伯が床に寝転がり、私を上に乗せるようにして突き上げてくる。
私は夢中で腰を振った。
憎い男に燃え上がる身体などとうに諦めた。


今は少しでもこの男の視線を私に向けたい。

こうまで思う私は、この男に堕ちた、のだろうか。



違う・・・いや、どうでもいい。





もう、どうなっても構わない


どこに辿りつこうが構わない






お前を私に繋ぎとめるためなら、何であっても構わない







揺れる視界に佐伯の顔が見える


笑っている


何か、満足げに笑っている




いい眺めだ

佐伯が私に満足している



私を求めて、私だけを見ている






それでいい








そのままでいい

















そのままに・・・してやる・・・・

















フラフラと宙を揺れていた腕が行き場を見つける。
骨張った指が、滑らかに弾力のある首に巻きつく。

力強い鼓動が甘美な震動となって私を高ぶらせた。


佐伯は何も言わない。

私の手をどかすこともない。


ただ見たこともないような穏かな顔で微笑みながら私を見ている。

私も自然に微笑み返した。

指に力を籠めながら、徐々に身体を倒していく。
佐伯の手が背に回り、抱きしめながら背筋を撫ぜた。

途端、何かが佐伯の頬に当たって砕けた。



透明な雫
何か分からぬまま、次々と舞い落ちて、佐伯の頬を濡らしていく。



何であってももうどうでもいい。





もっと近く・・・もっと、近く・・・。






やがて胸と胸が擦りあわされた。

初めて触れる肌。




暖かい。









憎くて愛しくて、私はやんわりと佐伯に頬ずりした。





佐伯が赤黒く鬱血してきた顔で満足げに笑う。
















「私のものだ・・・佐伯・・・・・」





























隠し切れない移り香が いつしか貴方に染み付いた



誰かに盗られる位なら



貴方を殺していいですか



寝乱れて 隠れ宿



九十九折り 浄蓮の滝



怨んでも 怨んでも



躯うらはら・・・貴方



山が燃える



戻れなくても もういいの



くらくら燃える 地を這って








貴方と越えたい ――――

















天城ぃいいい越ぉええええええええええええええ!!!(あとがきで台無し)
すみません、ふと歌詞付きで聞いたら余りにヤンデレな歌詞で・・・妄想が止まりませんでした。
是非今一度歌詞を読んでみてください!動画サイトにもうpされてますし。
しかし私・・・首絞めるの好きだな(笑)