御堂を正気に戻そうにも声が出ない。
だがこのまま諦めるわけには行かなかった。

絶対に。


御堂を止められなかったら、正気に返った彼はどうなるのか。
己の死すら感じる状況で本多が案じたのは御堂の事だった。


本多は狭まる視界の中必死で御堂の背中を捉え、渾身の力で彼の身体を抱き寄せた。
「!!」
咄嗟に身体を支えようとした御堂が床に手をつき、本多の肺へ一気に空気が流れ込む。
「ッ、ぅ、ゲホッ、ゲホッ・・・!!」
そのまま腕を突っ張って耐えようとする御堂を無理矢理抱きしめる。
本多の腕力が勝り、御堂は隙間なく抱きしめられてもがいた。
力ずくで身体を反転させて、御堂を下にする。
錯乱状態を悪化させる可能性もあったが、膝辺りに乗り上げる事で暴れる足も押さえる。
「っ、はぁ・・はぁ・・・っ」
流石の本多も息が上がった。
肩で呼吸しながら、それでも必死に御堂を押さえつける。

目一杯瞳を見開いて助けを求める言葉を繰り返す御堂の手が床の何かを握ったのはその時だった。


「!!」


それは鋭利な、ガラスの破片。
砕け散ったワインボトルの欠片だった。


「っ、御堂さん!!!!!」
目前の空気を切り裂いたそれを紙一重で避け、悲痛な声で大切な人の名を呼びながらその手首を床へと押し付けた。
「御堂!!!御堂、こっち見てくれ!!!御堂さん・・・・!!!」
聡明な理性の光の欠片もなくした紫の瞳を中空に彷徨わせる御堂の名を、ありったけの思いを込めて叫ぶ。
本多の拘束から逃れようと跳ねる拳の中で、深緑のガラスが容赦なく彼の肌を傷つけているのに、とめる術がない。
痛みなど感じていないかのように、白い指はそれを握り締め、その隙間から鮮血をあふれさせた。

「助け・・っ、いやだ・・・も・・・・や・・っ、たす・・・ほ・だ・・・っ、すけ・・・・ほ・・ん、だ・・・ん―――っ」

涙を止め処なく流しながら本多に助けを求め、抵抗する御堂。


呼ぶ声も、見つめる瞳も、叫ぶ想いも届かない。




耐えられなくて、自分を呼ぶ唇を塞いだ。




どれ程長い間、そうしていただろうか。
カチン、と小さな音がしたのと同時に、御堂の身体から一切の力が抜けた。
唇を離すと紅い膜を纏ったガラスが床に転がっていた。
眼下の御堂の、閉じられた目じりからポロリと一滴、涙が零れ落ちた。
「・・・っ」

こみ上げてくるものを必死で飲み込む。
零れそうになったそれを一度天を仰いで押し込んで、ぐったりと力を失った御堂の身体をベッドへ戻した。

包帯が欲しかったがどこに何があるのかわからない。
とりあえず自分のシャツを破って、御堂の右上腕、血管のある位置をきつく縛り腕をベッドよりも少し高さのあるサイドボードに乗せる。
急いで浴室に取って返し、タオルを二三枚と水を満たした洗面器を手に寝室に戻った。
途中、偶然に救急箱を見つけてそれも抱える。
御堂の手を開いて、滴る血をそっとふき取って行く。
無残に傷口を開けた手のひらは、水を含ませたタオルを優しく何度も当てて。
意識のない御堂の、形容しがたい表情にまた、涙がこみ上げる。
何の表情も浮かんでいないのに確かにそこに苦痛と絶望が感じられるのだ。
止血をして、消毒液を塗って、包帯を巻いた。
零れたワインやボトルの破片を片付け終わってから、極力揺らさぬようにしながらベッドに腰掛ける。

御堂はまだ気を失ったまま。
一枚、使わなかったタオルに水を含ませて、蒼白い頬に刻まれた涙の跡をそっと消した。

滑らかな頬をそっと指の背で撫でる。


答えるように長い睫が震えて、まぶたがゆっくりと持ち上がった。


「・・・・」
二三度横へ揺れた瞳が本多で止まる。
光の戻った紫苑のそれはじっと彼を見て。
サイドボードに置かれていた右手を持ち上げようとして、痺れて無理だったのだろう・・・諦めると、左手を本多のほうに伸ばした。
冷たい手のひらが頬ではなく首筋に添えられる。

恐らくは赤く、彼の手によって付けられた痕が残っているだろうそこを、羽のような感触で指先がなぞった。

血の気の薄い唇が開く。
告げられるだろう言葉を予期して、本多はその唇に人差し指を当てた。

御堂の瞳が軽く見開かれる。


そっと首を振って、言わなくていい、と伝えると、唇は閉じられ・・・少し弧を描く。


本多の指が外されると、もう一度それは開いた。

先ほど零しかけた言葉よりも柔らかな感情を乗せて。



「・・・ありがとう・・」



本多は優しく笑い返した。
労わるように首筋へ触れていた御堂の手が躊躇いがちに本多の腕を掴む。
察して、本多は半身を倒した。
御堂の手のひらが背中に回る。
そのまま、顔の横に手を付く形で真上から彼を見つめる本多を見上げる。

御堂の瞳が何度か何か躊躇うように彷徨って、それでも何も言わず本多が待っていると、先より血色の戻った唇が小さく、言葉を紡いだ。



「私を・・・抱いてほしい・・・・」



「え・・・?」

本多が目を瞠る。
「嫌、か・・・?」
予想していなかった言葉に驚く本多を見上げる御堂の瞳が不安げに揺れる。
「嫌じゃない。でも今は、駄目だ。」
昨夜からの陵辱と、先ほどの錯乱。
これ以上ないほど御堂の身体も精神も困憊しているに違いないのだから。
目で訴えるだけでわかったのだろう・・・「わかっている」と御堂は呟いた。

「だが、私は今でなければ嫌だ」

きっぱりと言いながらも、アメジストの瞳は縋るように願うように本多を見つめる。

本多は困って、眉尻を下げた。


御堂の様子を思えば、願いを無碍にする事は気が引ける。
だが、だからと言って御堂の体調を考えたら、首肯もしかねる。


「理由、聞いても言いか?」
自分の体調は御堂が一番分かっているはずだ。
腕一本持ち上げるのも辛いだろう状況で、何故そう請うのか。

その問いに、御堂が、ふ…と視線を落とした。


「怖い・・んだ・・・」


「怖い?」
聞き返すと、こくんと首が縦に動く。
本多の背に添えられた手に力が入り、彼のシャツをギュ、と握った。
御堂の脳裏に映像がフラッシュバックする。


自分は、彼の首を絞めたのだ。
彼に助けを求めながら、彼を殺そうとした。


御堂の腕の震えを感じ取って、本多は彼を抱き起こし、あやすように背を撫でる。





「怖い・・・私はきっと、限界なんだと思う・・・・だから、
 これ以上なにか有ったら、本当に、私は、人間を信じられなくなる・・・、怖いんだ・・・・君さえ・・・・」

御堂が顔を上げた。
今にも張り裂けそうな感情に満ちた瞳に、本多は息を呑む。


「君さえっ・・・君さえ受け入れられなくなりそうでっ」





「み、どう・・・」

今誰よりも自分に暖かい感情をくれる男の驚く顔が涙の膜で歪む。



この男だけは。

本多だけは、忘れたくない。


何も分からなくなっても覚えていたい



彼だけは、何があっても自分を大切に包み込んでくれるのだという事を。





他の誰よりも、自分が信じている人なのだという事を―――。








「だから、頼む、本多っ・・・今がいい・・・っ今すぐ、教えてくれ・・っ、
 教え込んで、くれ・・・・っ、私が、壊れそうになっても、君だけは分かるように・・・・!」








両手で本多のシャツを握り締めるようにして胸に縋りついて訴える御堂の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
本多の指がその涙をぬぐい取る。
そのまま大きな手のひらは御堂の首筋から頬を包むように動いた。
宥めるようにも躊躇っているようにも取れるそれを繰り返しながら本多はじっと御堂を見つめる。

御堂がそういうのなら、言う通りにしてあげたい。
でも彼の体調は真剣に考慮すべきだ。

昨夜から陵辱され続けた身体にこれ以上の負担を強いるなどしたくはない。

「御堂、俺もあんたの言うとおりにしたいけど、いくらなんでも今は身体がキツすぎる。
 だから今日は休んだほうがいい。近いほうがいいなら明日だっていい、とりあえず今日は寝ましょう。不安なら、俺、ずっと隣に居るから。な?」
その場しのぎの逃げではなく、本心から自分を気遣って言っているのだと御堂にも分かった。
分かったが、それでも彼は首を横に振った。

「今がいい・・・今でなければ駄目だ・・・抱きしめてもらうだけでは、もう、駄目なんだ・・・」

「御堂・・・」


今この状態でセックスなど、負担が大きすぎるのは承知している。

最後まで意識を保つ自信も、あるとはいえない。



でも。



「私はっもう・・おかしいから・・・っ、分からないんだ・・、それ以外の、方法では・・・もう・・・・っ」



昨日までなら或いは違ったかもしれなかった。

信頼していた人々に身体を心を蹂躙された記憶が、御堂を決定的に傷つけていた。



ただ抱きしめられるだけでは分からない。


優しい言葉も心の奥までは届かない。


温かな笑顔も、いつ何時、侮蔑的な嘲笑に変わるかわからない。




自分に信頼や敬愛を抱いていたはずの人間たちが、己の身体を前にして豹変した。
信じられない、なにも。




だから。





だから、本多が、己を抱く段になってもそのままならば。


ボロボロになった自分の奥底に、彼は大丈夫なのだと刻み付けられる気がするのだ。






そう想いを告げると、本多が詰めていた息を吐き出した。
「わかった・・・でも辛かったら言えよ。いくら俺の事信じてくれてても人間の心ってそんなに簡単じゃねぇし、変な事思い出したり、
 身体が思うようにならなくなったら直ぐ言ってくれ。何があっても止めるから。そんなことでアンタの気持ち疑いなんてしないから・・・いいな?」
そう告げる本多の瞳には真摯な愛情があって、御堂は身体の強張りを解きながら頷いた。
「ああ・・・正直、私も自分の奥深い場所が反応しないと言い切る自信がない・・・
 さっきの事もあるし、な・・・。だから、突然思い出して暴れた時は、また、さっきみたいにしてくれ・・・。」
これからの行為は甘いものである筈なのに消えない緊張感に本多が苦笑する。
柔らかく笑って御堂を抱きしめた。
「大丈夫だって。まえ言っただろ、人と交わる事の優しい部分を教えるって。」

絶対に、アンタを犯してる男みたいな事はしない。
そう告げて、頼もしげに笑って見せる。

御堂の目元がそれでやっと和んだ。


「信じよう・・・君がそう言うなら。」


どちらともなく、唇が重なった。
そのまま、本多は優しく御堂を抱きしめながらベッドへとその身体を倒す。
「んっ、ふ・・・」
開いた歯列から本多の舌が入り込む。
男とキスをするのは初めてで、御堂は少し躊躇いながら自分の舌を本多のそれに絡めた。
やんわりと絡め返され、優しく吸い上げられて、ゆったりとした甘い交わりに御堂の身体から力が抜けて行く。
「っ・・んぅ・・・ふ、っ・・・ん・・」
ささやかな水音を響かせながら、何度も唇を重ねる。
薄く瞳を開けると熱の篭もった、しかし優しさに溢れた本多のそれと目が合う。
安心して、彼に身を委ねた。

柔らかに繰り返されるキスに、御堂の中で強張っていた何かがそっと溶けていく。
熱い手のひらが彼の身体の線を確かめるように動いても、御堂の心はそれを佐伯の手と間違えなかった。

御堂の芯から強張りがなくなったのを感じたのか、本多は暖めるように動かしていた手を御堂の胸へと滑らせた。
「っ、ん・・・っ」
本多の親指が胸の飾りを掠めるように撫でる感触に御堂が息を詰める。
ちゅ、と音を立てて離れた唇が、甘やかな刺激に少し緊張した身体を宥めるように優しい感触を残しながら首筋を降りて行く。
やがて本多の唇は、触れるまでもなくぷくりと立ち上がってきた他方の乳首をゆっくりと含んだ。
「あっ・・ん、く・・・ふっ」
御堂の手が強く本多の肩を握った。


無意識に、必死で声を噛み殺す。
冷たい美声が侮蔑の言葉を吐くのだろうと御堂は身構えてしまっていた。

だが、今彼に触れているのは違う人間だ。


落とされたのは蔑みの言葉ではなく、瞼への羽で触れるようなキスだった。


「ぁ・・・」

思わず目を開けると、優しさに満ちたブラウンの瞳とかちあう。
硬く噛み締めた唇をそっと彼の指が滑った。

「ほ・・んだ・・・」

確認するように呟く御堂に本多が微笑みながら頷き返す。
御堂は安堵からか、無意識に息をついた。
二度三度、柔らかなキスを瞼へ頬へ落とされて、身体から余分な力が抜けて行く。
ゆるゆると息を吐き出した御堂を確認して本多がゆっくりと愛撫を再開する。


あちこちに鬱血となって残った陵辱の痕に唇を落として、塗り替えるように印を刻んだ。

身勝手な欲望に甚振られた滑らかな肌を労わるような優しさで高めて。


初めて感じるその愛撫に御堂は、高まる熱とともに満たされて行く心を感じた。
こんな優しい手と、残酷な他の手を間違えるはずもない。

暖かい感情と熱情をゆったりと揺蕩うような心地よさをうっとりと享受する。

感じる部分を愛されて声を漏らし、何度も重ねられる唇に応えて。


それが再び強張ったのは、本多が少し身体を離したときだった。
「・・・っ」
無意識に追った本多の視線の先で天を仰いで立ち上がり、ぬらぬらと淫らに濡れた己のもの。
「み、みるな・・っ」
御堂は咄嗟に身を捩って本多の視線からそれを隠そうとした。

直接振れられても居ないのに浅ましく立ち上がったそれに思い知らされた。


己の身体の淫蕩さを。
本多に、自分が男に抱かれて喜ぶ淫乱なのだと、蔑まれたら・・・。


「隠さないで」
本多の声は優しかったが、御堂には判断できない。
腰を抑えられて隠すことも出来ず、御堂は振ってくる言葉から逃れるようにギュッと目を瞑った。
熱い手のひらが宥めるように、汗ばんだ額を撫でた。

「嬉しいんだ、御堂さんが俺で感じてくれること・・・だから、そんな顔すんな・・・」

目を開けて、と促すような手の動きに御堂はしかし首を振る。
本多が苦笑するような声がして、シーツを握り締めていた御堂の手が取られた。

何をする気かと訝しく思うより早く触れたのは、自分のものではない熱い屹立。


「あ・・・」


思わず目を開けた御堂に本多が少し照れくさそうに笑った。

「な、俺なんて身体に触られてもいないのにコレだぜ?」

本多の瞳には嘘も偽りも蔑みも、欠片も見当たらない。


御堂は彼が自分を揶揄するのではないかと身構えてしまった謝罪をこめて、半身を起こして本多に口付けた。


「んっ・・・ふ・・」
投げ出していた腕を首裏で絡めてそのまま深いキスへと変えて行く。
本多はそっと体重をかけて御堂の身体をシーツへ倒し、その口内を愛撫しながら手のひらで滑らかな肌を楽しむ。
熱いそれが内腿をぐぃと押しやって脚を大きく開かせる。
御堂は羞恥から少し息を詰めたものの、拒む事はしなかった。
何度かそこの感触を楽しんでいた手が、つ、と滑り降りて奥まった窄まりを撫でた。
緊張する御堂の身体をキスで溶かしながら、先走りを絡めた指を慎重に差し入れる。
つぷん、という感触で案外簡単に指は飲み込まれた。
「っ、あ・・っ、は、ぅん・・・」
快楽に慣らされた身体は痛みよりも快感を拾う。
早く、もっと、強い刺激が欲しい・・・そういうように、奥の口がひくつく。

安心して委ねていたはずなのに、また、どうしようもなく不安になって、御堂は緩く閉じていた瞳を本多に向けた。

「・・・どうした?」
物言いたげなその表情に本多が優しく問う。
首を振った。
「痛いか?」

そうじゃない。


痛くないから・・・散々男に犯され続けたのにまだそこが男を欲しがるから、不安なんだ・・・。


何も言わず否定だけする御堂に本多の首が傾げられる。
「・・・呆れて、ないのか・・・・?」
「何に?」
「私の・・・身体に・・・。きっと、指で慣らさなくても・・・平気なんだ・・そこは・・・。」
自嘲を含んだ言葉を聞いた本多の眉が寄った。
切なげに。

御堂を陵辱している男はきっと、与えられる仕打ちが辛くないようにと変わった身体を、あたかも御堂の本性であるかのごとく中傷したのだろう。


この強い人がここまで追い込まれるような加害行為を続けたその男に猛烈な怒りが沸く。
そして同時に、ここまで御堂を支配することへの・・・おそらくは、嫉妬も。


「そんな言い方すんな・・・これは、あんたのせいじゃない。俺だって、毎日毎日・・やられたら、きっとこうなる。それに・・・」
本多はコツンと御堂の額に自分の額を合わせた。
不安げな紫苑の瞳と、優しさに満ちたブラウンの瞳がこれ以上ない近さで絡み合う。

「今あんたがこうしてすんなり受け入れてくれてるの、俺の指だからって思ってたのに・・・思い上がりだったのかよ・・・」

「・・・っ」
小さく、御堂が目を瞠った。
少し拗ねたような色が、本人の性格と同じく感情に素直な瞳に浮かんでいる。
御堂は僅かに笑った。
「都合のいいヤツだな」
笑いを含んだ声に本多の頬が少し染まる。
「どうせ。」
むすっと力の入った唇に触れるだけのキスをする。

「本当に、そう・・なると、いい・・・」



今は生理的な身体の反応でも、本多だからと確信が持てるようになればいい。

本多でなければ駄目だという程、埋め尽くせばいい。


私は、それを望んでる。



御堂が柔らかな目で見つめると、本多は少し目を見開いてから、

「そうしてやるよ・・・」

そう言ってニッと笑った。



ベッドで見るには不似合いな、しかし何とも本多らしい笑み。
御堂の口許も綻ぶ。
本多が指の動きを再開しようとする。
それを御堂が止めた。
「いい。もう・・・そのまま、入れろ・・」
「いや、でも・・・」
本多に男との経験は無かったが、相当痛いというのは知っている。
ただでさえ疲弊しているだろうそこに余計な負荷は掛けたくなかった。
それでも御堂は静かな瞳で見つめながら首を振る。
「慣らさなくても大丈夫だといっただろう・・・早く、その・・・」
ついと視線が逸らされ、ほんのり頬を染めた御堂がもごもごと何か言う。
「早く、何?」
口の中で呟かれたそれが聞き取れなくて聞き返すと、真っ赤な顔で睨まれた。
「こ、これ以上言わせるなっ!」
本当に聞き取れていなかった本多は目を白黒させたが、やがて得心して笑った。


早く一つになりたいのだと、本多を感じたいのだと、解釈していいのだろう。


「わかった。キツかったら言えよ。」
こくんと頷くのを確認して、すらりとした脚を割り開く。
次の刺激を待つそこへ、粘液でヌラリと光る怒張を宛がった。
視線をしっかりと御堂へ合わせる。
恐らく標準より大きいだろう己のものが彼に苦痛を与えたら、すぐに止められるようにと。
身を屈めて、口付けながらゆっくりと御堂の中へと進んだ。
「く、んっ・・んんぅ!あ、はっ・・・あぁっ!」
御堂が背を仰け反らせ唇が外れる。
濡れた唇から零れた声は滴るような色を帯びて艶やかだった。
熱い体内が本多を歓迎するように締め付ける。

ゆっくりと埋め込んで行くのはかなりの忍耐が必要だったが、本多は急がなかった。


快楽を得たいわけではない。
快楽を与えるのが目的でもない。


「っ、はぁ・・・」
やがて全てが埋め込まれると、御堂がゆっくりと息を吐いた。
自分の顔の横に両手を付いた本多の顔が真上にある。

見上げれば、満たされたような笑みで自分を見ていた。


「っ・・・」



トンッと一つ心臓が跳ねて、本多を受け入れた場所がきゅうと締まった。



「ぅ・・・っ」
本多が少し眉を寄せてその刺激に耐える。





初めてだった。

こんな風に、繋がったのは。



いつだって御堂の意思は無視され、相手の欲望のままに肉棒を押し込まれてきた。
彼を辱め貶めるためか、男の性欲処理か、嗜虐心を満たすためだけに。



こんな風に、身体ごと心まで繋がるような行為は、初めてだった。





もっと欲しいと思った。





快楽じゃない。


温かな気持ちをもっと欲しいと。





「本多・・・うごけ・・」
どこか安らいだようなその声に本多が頷く。
ゆっくりと、ゆっくりと、腰を動かして御堂のなかに熱を送り込んだ。

寄せては退く波のようなそれは御堂の心を満たして行く。

「あっ・・・はぁ、ふ・・ぁん・・・」
腕を本多の背中に回し、汗ばんだ広いそこへしがみつくようにして密着する。
首筋から感じた、熱を帯びた本多の体臭にどこまでも満たされた。

快楽を煽る動きではないのに、心の核から放たれる熱に全身がおぼれて行く。

そんな動きでは達する事も難しいだろうのに、本多はゆったりと労わるようなそれを変えようとしない。
きっと御堂が好きに動けと言っても、追い上げるように動こうとはしないだろう。
御堂はゆるゆると自分から腰を動かした。
「っ、は・・・っ」
複雑になった刺激に本多が詰まった声を出す。
体内で大きさを増した彼の一部が嬉しくて、御堂は本多を抱きしめながら身体を揺らした。

本多も御堂のその思いに応えるように動くが、最後まで、快楽だけを追うような抱き方はしなかった。




包み込むように抱きしめて


想いを刻み込むように繋いで


慈しむように愛撫して





訪れた絶頂は、刺激された身体が生理的に求めたそれではなく

互いの心が齎したような、絆の証のような、それ





御堂は解放と同時にストンと心の奥に落ち着いた本多への深い想いを自覚した。
熱い感情の欠片が輝く雫となって頬を滑り落ちる。






とても


暖かくて





どうしようもなく


幸せで







本当に



愛しくて







「本多・・・」

呼ばれた事を喜んでいるような瞳とかちあう。



荒い息の下、抱く感情を伝えようとしたのに・・・言葉が出なかった。








ありがとう、では他人行儀で

愛してる、では軽すぎて



どんな言葉も・・・感情につりあわない









戸惑う御堂に、だが、本多は名を呼ぶその声だけで全てを受け止めていた。

応えるように、伝えるように、優しいキスをした。



嬉しかった。







言葉に出来ないほど深く

言葉にせずとも繋がる



そんな確かな絆を築けた事が











「じゃあ、また。今日はゆっくり休んでくださいね。」
「ああ」
昨日とは全く違う輝きを帯びた朝日が眩しい朝。
本多に説得され、病欠の電話を職場へ入れた御堂は、出勤する本多を見送ろうと玄関にいた。
柔らかな笑みが交わされる。

最後にやんわりと御堂を抱擁して、本多は部屋を後にした。

内鍵をかける御堂の口許が緩む。
身体を休めるためにと戻った寝室では、寝乱れたベッドが煌く日差しに照らされている。


そっと身を横たえると本多の体温と匂いが御堂を包んだ。


心が綻ぶ。


幸せそうに微笑みながら、そっと瞼を閉じる。



脳裏に蘇る昨夜の行為から思い返されるのは快感よりも尊い感情の波。

凍えていたのが嘘のように満たされている。




彼を照らす太陽の光のように温かな幸せを心から感じた。













そう、それは真冬の陽だまりに似て




暖かく


優しく



柔らかで







そして・・・











そして、凍てつく闇夜が訪れる前の・・・ほんのひとときの、安らぎ―――



















柔らかな感情に包まれながら眠る御堂は、廊下の影に佇む人影があったことを、知らない。






































やっと完結です〜!
ここで終わりいいいいいい!?!?と悲鳴を上げていただけていたら本望(笑)
タイトルが何故「真冬の」陽だまりになっていたのか、ご理解いただければと思います。
この終わり方は予定通りだった、というか、最後の一節の為にここまで書いてきたのですが、途中拍手でいただいたメッセージから続編構想が生まれまして。
物凄い鬱な小説になるんですが、お三方ほど読みたいと仰ってくださる方がいるので、リクなどを消化し終わったら着手しようかな〜と思ってます。
メガミド+本ミドな鬱小説ですが読みたいという方いらっしゃったら教えてください。勇気が出ます(笑)
最初は三話完結の予定だったのですが、結局六話・・・。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました!!
このシリーズから本ミドに嵌ってくださったというメッセージも何件かいただきまして、嬉しい限りです。
ほかのお気楽本ミド小説と比べると異色ですが(笑)、力を入れて書いたので、気に入っていただけていたら幸いです。感想などありましたら是非お聞かせいただきたいです(//△//)
ご愛読、ありがとうございました!