大切な日





暖かく柔らかな感触の中、御堂は目を醒ました。
背後から逞しさを感じさせる腕が全裸の己を抱きしめている事に、思わず顔を顰める。
恋人のものなのだから嫌な訳ではない。

だが今日だけは別だった。
この腕と手に、そしてその持ち主によって思い描いていたささやかな予定を台なしにされたのだから。


数日前に思い付いた本当に小さな予定。
その為に昨夜は泊まったのだと言っても過言ではない。
それは日付が変わり4月11日になったらすぐに「誕生日おめでとう」と伝える事。
恋人の生まれた大切な日を、自分が最初に祝いたかった。

けれど「今日は激しくしないでくれ」と言ったにも拘わらず、恋人はいつも以上に激しく。
抵抗する術もないまま高められ乱れさせられて日付が変わった事にも気付かず、激しい絶頂の直後は意識を失うように眠ってしまったのだ。
それはいつもと同じ。
だが今日だけは同じ朝にしたくなかったのに、結局は果たせないままに朝を迎えてしまった。

自分勝手な感情だと分かっていても残念さと己の不甲斐なさに苛ついてしまう。
御堂は恋人を気遣う事も忘れて無造作に纏わり付く腕を解いた。
どうせあと少しで目覚まし時計が存在を主張するのだ、彼が目を醒ますのに引け目など感じない。
案の定、恋人は身を離した御堂に寝起き特有のゆっくりとした声を掛けた。


「……あ、れ…おはよ、御堂さん…もう起きんの?」


向けられる白い背中に本多は問い掛ける。
だが返事はない。


「もうこんな時間か…起きるか…あ、御堂さんはもう少し休んでなよ、朝メシ出来たら呼ぶからさ」

「…シャワーを浴びてくる」

「あ、あぁ…」


一度もこちらを見ずにベッドを離れていく御堂に、本多は漸く恋人の態度が常とは違う事に気付いた。


いつもならベッドに身を沈めけだるそうに目覚めのキスを受けるのに。


そして幾度も繰り返されるキスに「いい加減にしないか…!」と頬を染めながら抗議するのに。


それに対して笑顔で「愛してるよ」と告げれば小さな声で同じ言葉を返してくれるのに。





今日はどれもない。
それどころか機嫌が悪そうだ。




本多は慌てて身を起こしパジャマのシャツだけを羽織った御堂を呼び止めた。


「御堂さん!どうしたんだ?」

「別に。風呂借りるぞ」

「あぁ…」


御堂は本多を一瞥すらする事なく姿を消した。
一体どうしたのか。
本多は考えるが心当たりがない。


自分の着替えを互いの家に置くようになって数ヶ月。
半同棲の今はどちらかの家で朝を迎える事が増えた。
それでもこんな朝は初めて。
他愛ない事で言い合いをするのは日常茶飯事だが、先程のように一瞥すらされないと言うのは滅多になかった。
心当たりがない本多は途方に暮れた。




朝食時になっても御堂の様子は変わらなかった。
パンをメインとした彼用の食事を、時折テレビのニュースに目を遣りながら黙々と食べている。
いつもの会話が飛び交う和やかな食事とは大違いだ。
本多は自分用のご飯メインの朝食を口に運びながら恋人の様子を窺っていたが、意を決して再び問い掛けた。


「御堂さん、どうかしたのか?」


パンを持つ手が止まる。
だが一瞬だった。


「…何が?」

「何がって…なんか朝起きてから変だから」

「別に何でもない」

「俺、なんかしたか?」


気遣うような声に漸く御堂は紫暗の瞳を恋人に向けた。

だが『昨夜の君が激しかったせいで予定が台なしになった』とは恥ずかしくて言えない御堂はゆっくり目を閉じた。



今日は本多の誕生日。



その彼に必要以上に気を遣わせるのは申し訳なかった。


「…本当に何もないんだ」

「でも…いつものアンタじゃなかったぜ」

「少し目覚めが悪かったんだ。気を遣わせて済まなかったな」

「そんなの別にいいけどよ…。あ、体調が悪い訳でもないんだな?」

「あぁ」


頷きと共に返事をすると本多は破顔した。


「良かったぁ!俺、知らない内にアンタを怒らせたのかと思ったぜ」

「気を遣わせて悪かった」

「いいって。俺はアンタには笑ってて欲しいだけだからさ。御堂さんが笑顔だと、それだけで嬉しいし」

「朝から歯の浮くような台詞をよく言えるな」


呆れたような言葉に返されるのは真剣な声。
そして男らしい顔に浮かぶのは明るく優しい笑み。


「朝でも夜でも関係ない。俺の本心だからな。それに愛しい恋人に笑ってて欲しいって思うのは当たり前だろ?」

「朝から…いい加減にしないか」


パンを千切る手が些か乱暴になったが、端正な顔は薄く染まっている。
本多は御堂のそんな姿さえ愛おしくてならない。


「愛してるよ、御堂さん」

「なっ…!」


幾度も告げられた想いにも拘わらず、咄嗟には言葉を紡ぐ事が出来ない。
幸せそうに優しい笑みを見せる本多の前で御堂はコーヒーを飲み干し立ち上がった。


「寝ぼけた事をいつまでも言ってないで早く食べ終えるんだ…!」


厳しい顔で本多を見下ろすが、その頬は赤く染まり恥ずかしさを誤魔化す為だというのが歴然。
本多は嬉しそうに「は〜い」と返事をする。

御堂は恋人を一度睨み付けてから本多の自宅用電話へと脚を向けた。
そして自身の携帯を取り出すと傍らに置かれたメモにペンを走らせた。
何をやってるんだ?と見つめる本多に一枚のメモが渡される。
目を落とすと見覚えのない住所が一件書かれただけ。


「なんだ…?」

「今夜7時にそこに来い」

「なんで?」

「来れば分かる。遅れるなよ」

「あ、あぁ…」


釈然としないながらも本多は頷いた。
メモされた住所を暗記するかのようにじっと見つめる恋人の姿に、御堂はこの日初めての笑みを浮かべた。









本多がメモを頼りに辿り着いたそこは立派な門を構える石造りの建物。
長身の本多より若干低い程度の垣根がぐるりと取り囲み、門からは石畳が綺麗に敷き詰められていた。
まるで大使館か何かのように見えたが、門脇に置かれた小さな看板でそこがレストランなのだと知れた。


「すげぇな…」


思わず呟いてから、本多は背筋を伸ばした。
余りに気後れしたような態度では御堂に悪い。
それに彼が今日ここに来るようにと言った理由が、今なら分かるからだ。



自分でも忘れていた誕生日。



会社で女性社員に「本多さん、おめでとう!」言われてから気が付いた。
その時には御堂から渡された住所とは結びつかなかったが、到着してみれば確かに分かった。
自分の誕生日を祝おうとしてくれているのだ、彼は。
自覚すると喜びが全身に満ちていく。
本多は緩みそうになる頬を引き締めながら敷地内へと足を踏み入れた。




重いドアを開くとまばゆいシャンデリアの光が本多を迎えた。
行った事はないが一瞬、迎賓館か?という思いが浮かんだ。
「いらっしゃいませ」という挨拶と共に別の男性が笑みでドアを引き受ける。


「あ、えーと…御堂という人は…?」

「畏まりました。こちらです…」


一分の隙すらない身のこなしで男性が手で指し示し先を歩く。
本多は軽く会釈してから後に続いた。


ホールから別のドアをくぐると、そこには映画でしか見た事のないような世界が広がっていた。
明るく照らされた広いフロア。
真っ白なテーブルクロスに輝く食器類。
充分なゆとりを持って配されたテーブルでは何組かの客が食事を楽しんでいた。


そんな中、本多が案内されたのは窓際の席。
そこには既に御堂が座り、柔らかな笑みで恋人を迎えた。


「時間通りだな」

「遅れるなって言われたからな」


椅子に腰を下ろしながら答えると御堂は「そうだな」と笑った。


「なんかすげえ店だな。よく使ってるのか?」

「前にここで友人のガーデンウエディングがあったんだ。料理もワインも美味しかったからまた来ようと思っていたんだが、なかなか来れなくてな」

「それで招待してくれたのか」


そこへ葡萄のバッジを誇らしげに胸に止めたソムリエが現れ、優雅な手つきで白ワインを注ぐ。
先にテイスティングは済ませていたらしく、御堂はグラスを本多へと掲げた。


「誕生日おめでとう」

「あ、ありがとう」


慌てて本多もグラスを取ると、二つのグラスが軽やかな音を立てた。


「本多」


柔らかな笑みと共に御堂が黒く大きな紙袋を差し出す。
それを本多は両手で受け取った。


「気に入って貰えると良いんだが…私からのプレゼントだ」

「開けてもいいか…?」


御堂が頷くのを見てから本多は受け取ったばかりのそれに手を入れた。
中に入っていたのは大きな白い箱。
そっと開けて現れたのは革製のビジネスバッグだった。


「…前に私が使っているのを軽くて使いやすそうだと言っていた事があっただろう。デザインは違うが同じブランドの物だ」


言われて見れば、以前見た事のあるブランド名が表面に小さく刻まれている。
持ってみると御堂のと同じように軽い。


「良いのか、こんなの貰っちまっても…」


値段の見当もつかないそれに恐縮したように本多が問えば御堂は笑みで頷いた。
そして僅かに顎を上げて意地悪げな表情を作る。


「その鞄に恥ずかしくないような仕事をしろよ?」

「ああ。…御堂さんありがとう、大事にするよ」


本多は真っ直ぐに恋人を見つめてから言うと、再び鞄へと目を落とした。
御堂の言う通り、彼の鞄を「軽くて使いやすそうだ」と言った事は確かにあった。
だがそれは彼の自宅で、彼がキッチンにいる時に半ば独り言のように発したもの。
それを御堂が聞いていてくれた事、そして何よりも覚えていてくれた事に本多は感動した。




大事にしようと思う。
自分の事をこんなにも想ってくれる恋人を。





「本多…」


再び呼ばれ本多は顔を上げる。
だが先程とは違い御堂は少し俯き、眉を顰めていた。


「御堂さん?」

「…朝は済まなかった」

「何の事すか?」

「…せっかくの君の誕生日だというのに気を遣わせてしまって…本当に済まなかった」

「いいって、そんな事。気にしてないっすよ」

「だが…」


そう言って逡巡したのち、御堂は言いにくそうに口を開いた。


「本当は日付が変わると同時に『おめでとう』と言いたかったんだ。そう心に決めていたんだ。だが…いつの間にか眠ってしまったから…」


御堂が頬を染める。


本多の脳裏に昨夜の御堂が艶やかに蘇る。
高い声を上げながら達した彼は、確かにそのまま深い眠りについてしまった。
確かに「今日は激しくしないでくれ」と言っていたが、理由を言わないので本多もエスカレートしてしまったのだ。


「気が付いたら朝で、それが悔しくて…それで少し機嫌が悪かったんだ…八つ当たりだった…」


済まなかったと、御堂は頭を下げる。


「そんなの!何も謝ることなんかないって。俺も、知らなかったとは言え、調子に乗って悪かった…」

「…そうだな、それは反省する必要が確かにあるな」

「あ、ひでぇ!御堂さんだってあんなに…!」

「声が大きい…!」


窘められ、本多は大きな体を小さくする。
二人の視線が絡みーーーいつも通りの会話に同時に笑い出す。
朝には見れなかった恋人の笑みに、本多はそれだけで嬉しくなった。


「御堂さん、祝いの言葉なんてなくたっていいんだ。アンタが今日を一緒に過ごしてくれる。俺はそれだけで嬉しい…ありがとな」


本多らしい真っ直ぐな言葉に、御堂もまた嬉しさに笑みを深くした。




心もお腹も大満足で店を出た本多は、大通りへと歩もうとする御堂の手を掴んだ。


「帰したくない…いいだろ?」

「だが…明日必要なデータが家にあるんだ」

「それなら俺が御堂さんの家に行く…いいだろ?」


それに、と御堂を抱き寄せる。


「まだ俺の誕生日は終わってない…アンタと一緒にいたいんだ」

「あぁ…そうだな」


御堂が小さく了承の言葉を返した時にはもう、熱い手によって家路へと向かっていた。







玄関から転々と脱ぎ捨てられた衣服。
ドアを潜って直ぐに交わされた濃厚な口付けの結果だ。
夜は肌寒いこの季節、ひんやりとした空気の漂うマンションの一室で蕩けるような熱気が満ちるのはベッドルームのみ。
加えて惜しげもなく零れる甘い声に本多の熱は煽られるばかりだった。


「ぁああっ……んっ…ぅうんんっ……あっ、だ、め…っ!」


恋人に花芯を強く吸われ御堂の背が撓る。
腰が浮いたその隙に、本多は蕾へと埋め込んだ指を増やしバラバラに動かした。


「あああっっ!」


昨夜も本多と身体を重ねたばかりだというのに、今もまた彼を求めて蕾の奥が蠢く。
目前の絶頂よりも、彼が欲しくて堪らない。
彼が産まれた大切な日だからなのか、御堂には解らない。



けれどこの日を二人で過ごせる事は何にも勝る幸せだった。



「ほん、だっ…も、きて…っ」


だが甘やかな懇願に返される言葉は無い。
代わりに花芯への愛撫が勢いを増した。


「あっ、だ、め…っ!」


切羽詰まった静止の声では、最早催促にしか聞こえない。
本多の手と舌が明確な意志を持って御堂を追いつめる。


「あっ…あっ…ぁあああああっっ!!!」


御堂が再び背を撓らせた時、甘さと苦味を綯い交ぜにした蜜が本多の喉を打つ。
それをこくりと嚥下し残滓までも飲み干そうと花芯を吸い上げると、絶頂の余韻に浸る御堂から甘い声が上がった。


「ほん、だ……」


舌足らずな声が愛しげに名を呼び、しなやかな腕を伸ばす。
それに本多は誘われるように火照る身体に己を重ねた。


「あっ……は、ぁあっ…!」


達したばかりの身体は悦んで熱く滾る本多を迎え入れる。
本多が裡に燃える欲望のままに深く口付ければ、御堂の脚が逞しい腰に巻き付いた。


「んっ……はぁ…っ……ぁん…っ」


想いを伝え合うように唇を重ねながら本多が緩やかに腰を蠢かす。
奥を掻き混ぜられる蕾は恋人を求め柔らかく、だが逃すまいと締め付けた。
それは極めて絶妙で、軽く音を立てて唇を離した本多は苦笑した。


「御堂さん、そんなにされたら、我慢出来ねぇよ…」

「我慢、なんか…する必要、ないだろう…?」

「あんまり煽らないでくれよ…」

「煽ってなど…ただ、私も…もっと、もっと…君を、感じたい、んだ…」


己の言葉に羞恥を感じ、御堂は僅かに顔を背ける。
それを優しい笑みを浮かべて本多は頬を撫でた。


「うん、俺も…もっともっと、御堂さんを感じたい。愛してるよ…」

「私も…愛してる…」


囁き合い、再び唇が重ねられる。
舌を絡め互いの吐息さえも奪い尽くすかのような深い口付け。
それに伴い本多も徐々に動きを早めていく。


「はぁっ…んっ……ぁあっ…ぅんっ…っ!」


塞がれた唇から零れ落ちる声が音程を増していく。
けれど解放しきれない声が熱となり御堂の体内で暴れ始める。
奥に感じる本多の律動、そして彼の腹で擦られる自分自身が再び力を取り戻すと、御堂は堪らなくなり口付けから逃れた。


「ああっ……!はぁ…っ…ぁああっ…んっ…ぁあっっ!」


本多が突き上げる度に得も言われぬ快感が身体中を駆け巡る。


じりじりと焦げるように痺れる指先。


爪を立てた逞しい背中は汗ばみ、燃えるほど熱い。


至近に感じる忙しない呼吸はもうどちらのものか区別がつかない。


「愛して、るよ…御堂、さんっ…」

「わた、しも…ぁあああああっっ!!」


同じ言葉を返そうとして、突き上げの場所が変わったことにより嬌声となる。
弱い点を強く激しく責め立てられた御堂から言葉を紡ぐ余裕が消えた。



それでも尚、口に出来るのは誕生日をこの日を共に過ごしたいと思った大切な人の名前。



「ほんっ、だぁ…っ」

「御堂、さんっ」


目元を紅く染めた艶やかな恋人が熱く甘く名前を呼ぶ。
それだけで本多は幸せだった。


その甘やかな感情は本多の熱を更に煽り、彼は逆らうことなく身を任せた。
細腰を抱え直し、それまで以上に激しい抽送を繰り出す。
御堂の胎内が応えるように蠢き絡みつき、締め付ける。
絶頂は目前だった。


「御堂さんっ…!」

「ああっ……ぁあああああっっっ!!」


全身を仰け反らせ蜜が迸ったとき、最奥でも本多が熱い想いを注いだ。


荒い息をつく本多を掠れた声が呼ぶ。
御堂は柔らかな笑みで恋人を真っ直ぐに見つめていた。


「たん、じょう…おめで、とう……」

「ありがとう、御堂さん…」


本多が啄むようなキスを落としてから、再び見つめると御堂は眠りに就いていた。


「ありがとう、御堂さん。愛してるよ…」


その時、目覚まし時計がカチリと音を立てて日付が変わったことを教えた。











綾音姐さんありがとうございますぅーーー!!
こんな萌え小説いただいちゃってもうもう幸せすぎますvvv御堂さんかわいいなぁもう!!
うちの御堂さんもこれ位デレて欲しい(笑)
エロイし可愛いしで最高でした!!本当にありがとうございましたvvv