「絶対ぇネコだ・・・」

“あの人はネコ系?それともイヌ系?気になる相性は?!”
そう書かれた電車内の吊広告をみて本多は思わず呟いた。

隣に立っていた女性客と近くに座っていた数人の客がチラリと視線を寄越した事で漸く、自分が口から出して呟いたのだと気付いたのだが。


(やべ・・・)


恐る恐る隣を見ると。


「・・・・」


呆れた。と顔に描いた御堂が冷たい目で本多を見ていた。





明日の休みを一緒に過ごそうと本多の家に向かっている電車の中。
何か言うかと思ったが何も言わずに前を向く。
「・・・何が、とか聞かないんすか」
他人の振りをしようとでもいうような態度が気に入らなくて突っかかる。
それに、こういうときは一緒に居る人間に茶化してもらったほうが恥ずかしくないし、と思ったのだが。

御堂は一瞬本多を見遣ってまた直ぐ視線を戻し「興味が無い」と言い放った。


(か、か、可愛くねぇ!!)


この人相手に可愛さを求める事自体が無謀なのかもしれないがそれでも!!と本多は腹の中で叫んだ。
御堂の事だ、その場を旨く流して独り言を漏らした恥ずかしさを誤魔化そうという本多の思惑などわかっているはずなのに敢えて無視したに違いない。
じとーっと見つめるが視線を揺らす事さえせず知らぬ顔。



なんか




(やっぱ、ネコだよな・・・)




頭上の吊広告が本多の思考を常ならざる方向へ持って行く。



本多は先ほどの御堂の動きを脳内でネコにやらせてみた。

ネコじゃらしを手に“たかのり(仮名)”と名前を呼ぶと、
ネコのたかのり(仮名)・・・ロシアンブルー辺りが一番それっぽいか・・・がチラと本多をみて直ぐにツンと顔を背ける。

(うん、そのまんまだ)




本人に言ってみたらどうなるかと悪戯心が疼く。
「御堂さんの事なんすけどね。」
さあどんな反応がくるかと本多は期待したのだが。
御堂は至って普通の顔で彼に顔を向けてそのまま黙っている。
「?」
何かを待っているような間に本多が首をかしげる。
それを見て御堂が僅かに眉を顰めた。
「・・・・話を始めておいて何を止まってる。」
「・・・・」
本多はガックリと肩を落とした。

忘れてる。
すでに記憶の彼方に捨て去られてる、さっきの呟き。

(期待して損した・・・・)

「さっきの、ネコってやつですよ。ほら、上の広告。」
指で指せば御堂の視線がひょいと件の広告に向けられる。

数瞬のブランクの後、予想通り眉間に皺が寄った。
「で、君は私が猫だと言いたいのか?」
本多はこくんと頷いた。

「ぴったりじゃないすか?」


何か新しい事を見つけて得意になっている子供のような笑顔で聞く本多に御堂は一言、

「馬鹿か」


と返して会話を強制終了した。







「猫か犬なら君こそ犬にぴったりだと思うが。」
駅から本多の部屋まで歩く道すがら、唐突に御堂が言った。
あの後何と話しかけようが猫の話題には乗ってこなかったくせにやっぱこの人ネコだ、と本多は思ったが懸命にも心の中にとどめておく。
「・・・・そりゃまぁ、猫じゃないだろうけど」
ぴったりといわれるほど犬か?と首をかしげる。
どうもわからない。
その表情を見た御堂が意地悪げに笑った。

「わからないのか?無駄にテンションが高い、不必要に身体を動かしたがる、
 人懐っこい、懐いた人間の反応に非常に分かりやすく一喜一憂する・・・まるっきり犬じゃないか。」

それから人の感情に鋭くて優しい所も、と御堂は付け足した。


もちろん、心の中でだけ。


大型犬・・・黒いラブラドルが一番似ているだろうか。
体格で行くならセントバーナードだろうが、人好きのする外見に免じてその辺りにとどめておこう。
「・・・・」
なにやら1人で楽しそうにしている御堂に本多は盛大に眉を顰めた。
別に犬っぽいといわれて気分を害したわけではない。
無駄だとか不必要だとかは余分だが、別に貶された気はしていないし。
ただ言われっぱなしが性に合わないだけだ。
「だったらアンタだって猫にぴったりだぜ?血統書付の高級な猫。気位が高くてツンって澄ましてて、容易に人に近寄らせないし、一緒に暮らしてたって懐かないし。」
今度は御堂の眉間にムッと皺が寄った。

「なら君は雑種だな。しつけの悪い大型の雑種犬あたりがぴったりじゃないのか。」

黒ラブラドルを撤回して御堂は無駄にでかい雑種犬を思い浮かべる。


毛の質は大してよくないしグルーミングもしていないのに何となく健康的な毛並みをしていて、特に可愛い顔をしているわけではないが妙に愛嬌がある。
芸を命じても覚えないくせに、名前を呼ぶとはち切れんばかりに尻尾を振ってダッシュしてくる。

そのものだな、と満足げな顔をすると、それをみた本多が不機嫌になる。


「躾が悪いってなんすか」
「自分の胸に手を当てて考える事だな。」


少しでも挑発すると直ぐ吠え掛かるし、エサはガッツクし、暴走すると手に負えないし、「待て」が効かないし。
なにやらブツブツと口の中で文句を言う本多を尻目に夜の道を歩く。
春めいた暖かさと空気の柔らかさが御堂の心を絆したのだろうか。

「だが私は猫より犬の方が好きだ。」



気付いたら酷く温和な口調でそう口に出していた。



「え・・・?」
本多がパッと顔を上げる。
その動作で御堂は我に返り、頬に朱を昇らせた。
得意になったのは本多のほうだ。
「相変わらず素直じゃないっすね、御堂さん」
ニヤニヤしながら御堂をみれば、頬の朱が一段と赤くなる。
「わ、私は犬が好きといっただけだ!君の事じゃない!!」
「でも犬っぽい俺も好きな部類に入るってことだろ?」

「なっ、つ・都合のいい解釈をするな・・・っんん・・・・!」


顔を真っ赤にしてムキになって反論してくる御堂に抑えきれない衝動を感じて、思わずその身体を抱きよせて唇を奪っていた。


夜闇で黒味を増した御堂の瞳が大きく見開かれる。
構わず歯列を割って、頭と腰を抑えて深いキスを仕掛けた。
「んんぅーー!んっ、んん!!」
一瞬の空白から我に返った御堂が本多の腕から逃れようと暴れだす。
人通りが無いとは言え屋外で、しかも住宅街の公道だ。
いつ人が来るか分からない場所でのキスなど御堂の許容できる所ではない。
しかし思い切り暴れてもガッチリと彼を抱きしめた逞しい腕はびくともしない。

「んっ、んん!ッ、は・・っ、やめろ!!何のつもりだ、こんな場所で!!!」

角度を変えようと僅かに唇が離れた隙に大きく顔を背けてキスから逃れる。
相変わらず解放する気のない腕の中で身を捩りながら不埒な男を睨み付けるが、赤く染まった目元と潤んだ瞳では迫力も半減だ。
本多は艶めいた御堂の様子に口角を吊り上げた。


「俺は躾のなってない犬なんで、待てなんて出来ないんすよ。」
「何を言って・・・んんぅっ!」


自分の言動を逆手に取られた悔しさに思わず本多を睨んだはいいが、そのタイミングを見計らった本多に再び唇を塞がれる。
抵抗も用を成さず、背後の塀に背を押し付けられ退路をふさがれた。

そういえば犬は元々オオカミだった・・・と、その手際に翻弄される御堂の脳裏に妙な事が浮かぶ。

「んっ、ふ・・んぅ・・・ぅ、ぁ・・んん・・・」
口内を舌で愛撫され、大きな手が御堂の背中から臀部までを往復する。
だんだんと御堂の脳が熱に支配されていき、抵抗を忘れがちになる。
本多の胸に当てられていた手も縋るようにスーツを掴むようになり、
甘い吐息を零しながら身体を預けてくるようになって、本多はうっとりと御堂を堪能していたのだが。



ププーーッ




「!!!」





突如耳を劈(つんざ)いた音に2人同時にビクッと身体を揺らす。
冷やかすようにクラクションを鳴らしながら車が通り過ぎたのだ。





「ッ・・・!!」

「うわっ」
頭から冷水を浴びせられたように御堂が熱から冷め、思い切り本多を突き飛ばした。

油断していた本多がよろめいて御堂を放してしまう。


やべ、と思って顔を上げた瞬間。





「このッ、っ、駄犬!!!」
「――――ッッッ!!!!」





左頬に拳が入った。



それはもう
容赦なく。



「〜〜〜ッッ、〜〜〜〜!!!」



左頬を押さえようにも痛く、痛いと声を上げたくても痛すぎて上げられない。
涙の幕を張って苦悶しながら、駅のほうへと遠ざかって行く御堂を止めようとするのだが、背中は見る間に遠ざかって行った。








「本多さん!?どうしたんですかその顔!?」

夜から見事に腫れ上がった頬は月曜には酷い色のアザをしっかりと刻んだ。
定例の会議に赴いたMGNで顔を合わせた藤田が零れ落ちそうなほど目を見開いて素っ頓狂な声を上げる。
本日何度目か・・・数えるのももう困難だ。
一向に退かない痛みに顔をゆがめながら何とか笑い返した。

「いや・・、ちょっと喰らっちまったんだよ・・・猫パンチ。」


それも超強烈なヤツ。


謝ろうにも携帯も固定電話も弾かれるし、マンションに行っても入れてもらえないし。
本多は深い深い溜息をついた。

と。


ガチャ、とドアが開いて御堂が入ってきた。


何気なく流した視線が本多で止まって、目が大きく瞠られる。
ここで話題を変えておけばよかったのだが御堂に意識をやっていた本多は藤田のコメントを阻止できなかった。


「猫パンチって・・・彼女にでも殴られたんですか・・・?にしては凄いアザですけど・・・・暴力的な人なんですか・・・・?御堂部長、ご存知ですか?」




「・・・・」
「・・・・」




会議室の端と端とか、円卓を挟んでとか、とりあえず離れた位置に御堂が居れば不幸中の幸いといえただろうが。
生憎、2人は二メートルと離れない位置に居た。
藤田がコメントを求めるように御堂に視線を流しても不自然ではない位置に。

本多と藤田の視線を受けた御堂の表情が氷点下に冷え込む。

「至極常識的で良識のある人だ。そんなになるほど殴られる無神経な事をしたんじゃないのか。」

事実を知らない藤田はまた繁々と本多の頬を見ていたが、本多はそれどころではない。
「あの、御堂部長このあと・・・」
「藤田君、今日の午後の件だが」
「あ、はい」
昼食を取りながら謝ろうと誘いかけた本多の言葉はすげなく遮られる。

その後の会議中御堂が自分に向ける口調が妙に刺々しい気がして本多は当に針の筵状態ですごさなければならなかった。








「本多」
「?」
昼近く、デスクワークをしていると外に出ていた課員が帰ってくるなり本多に駆け寄ってきた。
口を動かすだけでも頬が痛んで仕方ないので声は出さずに振り向く。
課員も本多の惨状に慣れたようで、手にしていた紙袋をひょいと渡した。
なんだか高級そうだ。

「御堂部長が、忘れ物だって」
「御堂部長が・・・?」

忘れ物??と本多は首をかしげながらそれを受け取った。
今日は会議の後御堂の執務室によって居ないし、何か忘れるはずもないのに。
「なんか、この間忘れて行った書類だって言ってたぞ。」
「へぇ・・・まぁ、ありがとな」
書類にしては重かったと言いながら席に戻って行く同僚を見送りながら袋を開く。

「??」


中には大きめの紙袋に入った何かと、錠剤のシートと、小さなカード。


頭中?マークだらけにしながら取り合えずカードを見ると御堂の名刺だ。

裏返すと走り書きがあった。



“錠剤は鎮痛剤だ”
とだけ。



デパートの紙袋を取り出して中を見るとプラスチックの容器が出てきた。
中はリゾットだった。

思わず顔が綻ぶ。


頬が痛くて固形物を食べられない本多を心配して買ってくれたのだろう。
事実、本多はゼリー飲料で我慢しようと覚悟していた所だった。




どんな顔してデパートの地下でこれを買って鎮痛剤を入れて、カードを書いたんだろうか。

そう思ったら抑えられなくて、携帯で御堂を呼び出した。






『何の用だ、今忙しい。』


何時もより長く聞いた呼び出し音と、昼休みに言うには失敗な応対に笑みが零れた。





「仕事中にすみません。今ちょっと良いですか?」
















当サイトの本ミドの特徴となりつつある報われない本多×最強ツンモード御堂にぴったりすぎるお題に小躍りしながら消化開始(笑)
多分もうこの傾向が改められる事はないかと・・・・時折「それは真冬の陽だまりに似て」のような真面目なお話でカッコイイ本多も書くかも知れませんが(笑)
こんな本ミドでも好きな方がいらっしゃいましたら是非この先もお付き合いくださいませv
何しろラインナップからして本多の不幸さが伺える御題なので、どんなものなのか皆さんのご意見聞きたいです(笑)是非感想など拍手からお寄せ下さいませm(__)m